企業の視点を表明するだけでは売上に結びつかない?
一方でこのように話題化したところで、それで盛り上がっているのは一部の業界の人たちに限られて売上に結びつかないという意見があります。これは広告の効果についての議論になりますが、クリエイティブ自体が話題になり、好感を抱かれることが、企業に対してどのような効果をもたらすのでしょうか。
まずこの広告のメッセージは、逆境や苦境に対して立ち向かう態度の表明であり、単にこの新聞の読者だけでなく、これは同じような境遇にある同社の従業員や、百貨店業界に関わる人々に向けて発信されています。したがってブランド広告としての効果としてインナーのモチベーションアップに貢献するものでもあります。
同様の広告として歴史的に有名な例はアップルの「Think Different」 キャンペーンでしょう。当時、苦境に喘ぐ同社の社員の活力を取り戻すために、スティーブ・ジョブズがアップルのもつ文化と信念をもとに TBWA/CHIAT/DAYのクリエイティブディレクターだった、リークロウ氏に依頼したという、有名なキャンペーンです。当時、ビジネスに直接、貢献しなそうなブランド広告を実施するに際して、「今は他にもやるべきことがあるだろう」と批判を受けたことも知られています。ですが結果としては、このキャンペーンはアップル復活の宣言としてこれから快進撃が始まることになりました。
その意味では、百貨店のように直接顧客に対して接客するビジネスにおいては、このようなインナー効果は否定できないものがあります。実際、そごう・西武の新聞広告はデジタル施策と連動しており、新聞を取っていない人にも届けられるようになっていました。
また話題がどれだけ広まったかはわかりませんが、話題が広がることが売上に結びつかないとは言い切れません。英国のIPAではFame(有名性)を広告の効果要因のひとつとして定義しています。これは話題になるということは、結果的に多くの人々にリーチし認知度を得ることになるので、売上の相関関係は高いという経験的事実に基づいています。
広告にはベネフィットが含まれておらず来店効果がない?
しかしながら多くの人々に認知を得ても、それがそごう・西武のベネフィットに関係していなければ、実際の売上に結びつくような来店効果は得られないのではないか、という批判もあるでしょう。
このような意見は、そもそも広告メッセージのなかに百貨店に行く動機づけの要素がなければ、消費者にとっては意味がないという前提に立っています。または百貨店に行く予定の人のなかでも、この広告にはそごう・西武を選ぶ理由がないという指摘もあるでしょう。
もちろん、こうした意見はわからなくはないのですが、この新聞広告はそもそもそれを見ている人が百貨店のことなど頭にない状況を考えてつくられています。つまり、この広告はまず広告のメッセージそのものに関心を持ってもらうことを期待しています。その上でこれが西武・そごうのものであることに気付いてもらえれば良いわけです。したがってかなり広い潜在的顧客に向けられたメッセージなわけで、話題になることはそのメッセージがアテンションを得たという効果を示しているわけです。
選択の合理性がないと批判する人は、この正月広告で競合となるような百貨店や流通が、これほどにはインパクトのある話題性をつくっていないという状況を見る必要があります。百貨店は全国津々浦々にあるような流通ではないため、直接的な潜在的顧客の幅は狭いわけです。だからこそパブリックな閲覧者を狙うことは、そのような選択を前提とした顧客以外のターゲットを狙っているという意味になります。