消費者の言葉は鵜呑みにせず、奥に潜む本心を解釈することが大切
ほとんどの団員が開始早々に会話が詰まり失敗していく中、北島マヤはあることに気づきます。それは言葉の意味は、前後の文脈や細かいイントネーションの違いなど、小さな変化によって異なるということ。“あめ”という言葉は、状況やイントネーションで“雨(あめ)”にも“飴(あめ)”にもなるということです。
「はい」という言葉も、状況やそこに込める気持ち、そこから生まれる抑揚によって、肯定の意味での「はい」にも、疑問文の「はい?(なんでしょう?)」にもなる。たった2文字の言葉でも様々な場面で使うことができる。このエチュードはそれを理解させるものなのだとマヤは気づくのです。そして亜弓の無茶ぶりともいえる質問にマヤはたった4つの言葉で受け答え、1時間半も会話を続けるのです。
これをマーケティングの世界に置き換えて考えると、消費者の発言も、当人の属性やインサイト、生活スタイル、それ以外の質問の回答傾向などから総合的に解釈しないと、言葉の奥に潜む本心は読み取れないということになります。
グループインタビューなど消費者の行動をリアルに見聞きできる調査だと、発言する際の消費者の表情やその発言に至った経緯を流れで見ることができるので、本心を探りやすいのですが、報告書や定量調査結果など文字や数字だけで消費者傾向を見る場合は、彼らの本当の気持ちを読むのは特に難しくなります。
例えばある設問で「1:使いたい」を選んでいたとしても、価格に関しては「4:やや高い」と答えていたり、競合商品についても「1:使いたい」「1:使っている」と回答していたりする場合だと、製品化されお店に並んだ時には、きっとその消費者は使ってくれないと私は思うのです。「1:使いたい」を選択した行動の奥には「いい商品だとは思うけれど、今使っているものに特別な不満もないから、よほど魅力がない限りは買い替えないと思う」という本心が潜んでいると思うのです。皆さんはどのように考えますか?
マヤと亜弓の最初の正面対決となったこのエチュード。4つの言葉を巧みに使い分け受け答えするマヤに、「どんな好きな曲が好き?」と亜弓はトドメを刺すべく問いかけます。4つの言葉ではどれを使ってもうまく返事ができないと悩むマヤ。追い打ちをかける亜弓。そこでマヤがとった行動は――たくさんのレコードが収められた棚の中から自分の好きな1枚を見つけるパントマイムを披露し、見つけたレコードを「はい」と亜弓に渡したのでした。
何回読んでも、見た目も経験も生活環境も全く違う2人の少女が今後ライバルとして戦い合いながら成長していくのだろうなと暗示されたこのシーンにドキドキしてしまいます。冒頭で触れた飲み会で、このシーンを2人で再現して楽しんだ私たち。マヤを真似てレコードを探すパントマイムをしていると、店員がやってきて「そろそろ時間なので、お帰りの準備をお願いします」と告げられました。だから私はこう返しました。
「すみません!」
では最後に、質問です。この「すみません」に込められた私の本意はなんでしょう?
1.ごめんなさい!すぐに席を空けますね。
2.4つの言葉で返せた僕ってすごくない?
3.ありがとう!このネタで原稿書けるかも。
【このシーンの背景】
月影千草は劇団『つきかげ』を旗揚げする。家出してきた北島マヤは特待生として月謝も免除されている。しかし芝居の本格的な練習が無経験のマヤは、発声練習や簡単なエチュードでさえうまくこなせず、落ちこぼれ同然の存在であった。そんなマヤがなぜ特別扱いされるのか、周りのメンバーは納得がいかない。
「はい」「いいえ」「ありがとう」「すみません」、この4つの言葉だけで受け答えするというエチュードをしている最中に、ライバル劇団『オンディーヌ』に所属する天才少女・姫川亜弓が見学に訪れる。さらに亜弓は自分もエチュードに参加してみたいと挑んできたのであった。劇団の名誉のためにも残念な結果には終わらせられない。亜弓と誰を対戦させるか。千草が選んだのは、なんと落ちこぼれのマヤであった。
■登場人物の紹介
速水真澄
能力・容姿共にすぐれた大都芸能の社長。大都芸能の創業者兼大都グループ総帥・速水英介の長男であるが、実は養子。幼少期には身代金目当てで誘拐されるも、義父英介に見捨てられるなど、英介からはまったく愛情を注がれずに育つ。しかも大切な母も英介からは愛情をかけられず、火災の際『紅天女』の小道具を守ろうとして重傷を負って亡くなってしまうのである。
それをきっかけに誰にも心を開かず、義父が築き上げてきたものすべてを自分の手で奪いとろうと生きている。しかし北島マヤの芝居にかけるひたむきさに心打たれ、素性を隠し“あなたのファン”として見守り、いつも紫の薔薇を添えて手紙やプレゼントを贈り続けている。大学時代の親友に、なんと『スケバン刑事』に登場する神恭一郎がいる。