スピーチライターは非常にうまい。
今回の会見には原稿がある。というのもカルロス・ゴーン氏の目線が動くからだ。それにしても非常に練られた原稿である。専門家が書いたのだろと思われる。
先ほどの広報会社「イメージ7」のスタッフだろうか?英語やフランス語でグーグル検索をかけてみたが情報は出てこない。
冒頭は、レバノンの国民や家族の感謝から始まっている。共感を生み始める。
すぐに、出国の方法に関しては述べないと明言。これは望ましい。一番知りたいところだが、既に勾留された協力者がいる通り、協力者に迷惑がかかる。また模倣犯が出る可能性がある。無断出国という、ある意味、犯罪の手法を述べることは本人にとってもデメリットである。
あとは、出国できたことを“自慢”してしまうと傲慢に見えてしまう。「成功」の話をすると人は、自慢をして傲慢になってしまう。今回の会見では「成功話」は一切ない。というのもあくまで被害者であるというスタンスを全世界に伝えたいからである。それは原稿の内容から読み取ることができる。
さらに出国の話の量が多くなると、今回の違法行為(出国)に関して、カルロス・ゴーン氏本人のイメージが悪くなるからだ。できる限りその話よりも、彼が主張したい本題に移ったほうが望ましい。スピーチライターはそう考えたはずである。
しかも長丁場になったとしても、日本の新聞の締め切りを考えると、冒頭で自分の意見をどれだけ言えるかがポイント。そこだけが朝刊を飾ることになるからだ。
会見で「同じことの繰り返し」は有効である。批判したメディアも多かったが、広報の会見としては常套手段である。情報を出しすぎると、整理整頓が大変である。出国から短時間で情報の整理整頓をするのは難しいという物理的なリスクもある。だから「言っていいこと」だけを繰り返すのだ。
取材をするメディアはあら探しのプロ。矛盾を見つけたらそこを叩いてくる。それを減らすのには「言っていいこと」「言ってはNGなこと」を明確にし、情報の整理整頓は必須である。通常の危機管理のやり方だ。
だから、一貫して厳選した情報を繰り返すほうが望ましい。「同じことを繰り返している」のではない。「何度も言うことで伝えたいことを伝えられる」のと、「情報の矛盾のリスクを回避する」という意味でも有効だ。
もちろん、日ごろから質疑応答の特訓やメディアトレーニングもしていると思われる。だから厳しいやり取りも、顔色ひとつ変えず、動揺もせず、感情的にもならず答えてゆくスタンスは会見としては望ましい。
しかも参加者のメディアが多人種である。「察する」ということが不可能である。「主語」と「述語」を明確にしながら、余分なことを言わず、2時間25分を乗り越える精神力と体力に脱帽だ。広報のテクニックとしては、完璧なプレゼンテーションと言えよう。
正しいかどうかは別問題である。
経済犯罪の場合、ナイフで人を傷つけたようなわかりやすい犯罪とは違って、善悪の判断は非常にわかりにくい。裁判をしてみなければわからない。何が正しいか正しくないのかは、解釈の違いのようなものである。
だからこそ、大切なのは「主張」をすることである。自分の主張をまるで正解のように、正解だと信じて伝えることが大切なのだ。
「世間をお騒がせしてすみません」という決まり文句の謝罪をしている場合ではない。これまでの日本の常識なら「出国してごめんなさい」という謝罪会見になりそうなものだが、そうはならなかった。
今回の件を教科書として、筆者が企業の経営者や広報担当の皆さんに伝えたのは、「何が何でも実現する」という思いだ。ゴーン氏は一説には、大きな箱に入って脱出したと報じられている。精神力と行動力の塊だ。筆者には不可能だ。
自分の信念を通すために、メディアを味方につけ、さらに綿密な広報戦略をミックスすることで、ある意味、世界の世論をそれなりに味方につけることに成功している。
先ほども述べたが「正しいかどうか」は別問題。「自分の意見を説得できるかどうか」が、広報の真髄である。そんな意味も含め、今回は、広報のよい教科書となるだろう。
筆者はさらに広報観点の分析を続けようと思う。