ブランドに必要なのは「愛」か、それとも「友情」か?

ブランド愛はファン以外の人々に拡散効果を持つか?

次に、既存顧客のみを考えるのではなく、ブランド愛をもつ人々が既存顧客以外の人々、つまりは新規や潜在顧客の人々に与える影響を考えてみましょう。ここはソーシャルメディア時代になって注目されるようになったファンの口コミによる拡散効果といえるものです。

ソーシャルメディアの分析をしていくとわかることですが、デジタルやネットを活用している顧客層のなかで、ソーシャルメディアを通して積極的に発言し、反応するタイプは、特定の限られたグループに属しています。これは言い方を変えると、必ずしもそのブランドに対する愛情が強い人がネットを活用しているのではなく、ソーシャルメディアでは常に同じ人の発言が目立っているということです。

この考え方は「インフルエンサー施策」と同じく、フォロワー数の多い人をメディアの代わりに活用する根拠になっていますが、特に「ブランドに対する愛情が大きい」と判断される発言やインタラクションをするなど、エンゲージメントが高い人々というのは、ソーシャルメディア上においても一部の人に限られることに変わりはありません。

最近、ULSAASという考え方がソーシャルメディアでは浸透しつつあります。ULSAASはUGC、Like、Search(SNS検索)、Search(グーグル/ヤフー検索)、Action、 Spreadの頭文字をとったもので、SNS時代の購買行動モデルとして提唱されている概念です。ここで示されていることは、メディアリーチの広がりとしてのソーシャルメディアではなく、よりバイロン・シャープ氏がいうような、市場での顧客とブランドの状態が可視化されるように、コンテンツを誘導するところに意味があるという論点です。

その意味ではロイヤルティの問題と同様に、ソーシャルメディアでの拡散力というのは、市場での浸透が前提となっています。ここでの経済効果は拡散によるシェア拡大ではなく、よりバイロン・シャープ氏の考え方に近く、すでに多く普及している商品の存在をソーシャルメディアによって「思い出させる」ためにあるといえます。

そしてソーシャルメディアのバズを分析すればわかることですが、最もソーシャルメディア上で反応が高かった情報カテゴリーはソーシャルのなかだけで盛り上がった話題ではなく、世の中全体やほかのメディアでも取り上げられたトピックが上位に入ります(もちろんすべてが一致するわけではなく、ネットで好まれやすい情報カテゴリーはありますが)。

昨年のコラムで映画『カメラを止めるな!』のヒット分析をしたように、特定の「ブランド愛がある人」が大きな波をつくったわけではなく、マルコム・グラッドウェルの著書『ティッピング・ポイント』にあるようにメイヴン、コネクター、セールスマンのような違う役割を持ったファン層がいなければ成り立ちませんでした。すなわちバイロン・シャープ氏のいう「市場の浸透度」を上げる、『カメラを止めるな!』の例では、アスミックエースのサポートによる上映館の拡大のようなことがない限りは、「一部のファンに愛された小作品」に留まっていたに違いないからです。

ブランド愛とは顧客がどのようなイメージを求めるか?

またブランド愛といった際に、顧客に対してはどのようなブランドイメージを求めるでしょうか。ブランドに対する愛情とは、それ以外のものは認めないような排他的なものを想像させます。少なくとも顧客にとって、ナンバーワンのイメージを持つことを求めることは間違いなさそうです。

しかしながら、最近のブランド広告では、かつて車やラグジュアリーブランドでは当たり前であった憧れるほどの美しさや惚れこむようなカッコよさよりも、より身近で親しみやすいイメージが重視されているように感じます。そのことで思い出すのは電通のクリエイティブディレクターの篠原誠氏がクリエイティブにおける「共感性」を大事にしているとコメントしていた、ゆうこす氏との対談記事です。

ここで篠原氏は携帯電話のキャリアは、ほとんどサービスとして同一であり、差別化ができない状況であることを前提に「ブランド広告」を目指したのがauの三太郎シリーズだったと告白しています。

立食パーティーで、盛り上がっているテーブルがあったりしますよね。そこに行くと、別に偉い人やかっこいい人、賢い人がいるわけでもなく、「おもかわいい」人がいる。(中略)そういう立ち位置の人が、一番みんなからの好感度が高い。2015、16年当時は、「おもかわいい」存在がウケると思い、そんなイメージにauが見られるような広告ができないかなと考えたのが「三太郎シリーズ」の企画だったのです。

なので、何かを伝えるためというよりは、あのCMでちょっとわちゃわちゃして「おもかわいい」存在にみえると、共感が生まれて、なんとなく前よりは好きという人が増えるのではないか、そうしたら選ぶ人が増えるのではないかと思ったのです。

引用)日経クロストレンド「クリエイティブディレクター篠原誠の『伝えるコツ』 ゆうこすが聞く」

ここで篠原氏が語っている「人」の描写は、1970年代にアカウントプランナーの創始者と言われるJWTロンドンのスティーブン・キング氏が「What is Brand?」のなかで使ったブランドの比喩とほぼ同じです。篠原氏のいうところのインサイトは、ブランドと顧客の関係を見事にクリエイティブとして表現しているといえます。

共感は誰でも使いそうな言葉ではありますが、ブランドをそのように「人」として捉えているだけでなく、「偉いとか、かっこいい」とかというイメージをあえて選んでいないことに注意してください。ブランドイメージというとそのカテゴリーの一番のイメージに近づけてしまう誤りを犯しがちです。その点、篠原氏は「おもかわいい」のようなナンバーワンでないイメージが「当時ウケる」と考えていたことが重要です。

次ページ 「ブランド愛より、必要なのは「友情」?」へ続く

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鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)
鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)

1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)

1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

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