第57回「宣伝会議賞」で新たに審査員に加わった電通の嶋野裕介氏。以前は「宣伝会議賞」の応募者でもあったという嶋野氏に、初めての審査を通じて見えてきたものについて聞きました。
テーマパークの待ち時間にもコピーを書いていたあの頃
「『宣伝会議賞』には2006年ぐらいから数年間、応募していました」。
そう語るのは、第57回「宣伝会議賞」で新たに審査員を務めることになった電通 CDCの嶋野裕介氏だ。以前は応募者のひとりだったという嶋野氏にとって「宣伝会議賞」には特別な思い入れがある。
「当時、私は営業局からクリエーティブ局に転局したいと考えていて、宣伝会議のコピーライター養成講座にも通っていましたが、なかなか世に発信したり、自分でコピーを書くチャンスはありませんでした。そんな私にとって『宣伝会議賞』は滅多にない見せ場。何かのチャンスをつかめるのではないかと、オーディションを受ける若手の気持ちで応募していました」(嶋野氏)。
その熱意は人並みならないもので、「宣伝会議賞」の応募締め切りが近づく10月には嶋野氏は毎年、平日の仕事終わりに加えて、すべての土日で朝から晩までコピー制作に費やしていたほど。
それだけではない。嶋野氏は、「妻とテーマパークに行ってアトラクションの待機列に並んでいる最中も、ずっとコピーを考えていました。当然、『人としてありえない』とひんしゅくを買いましたし、いま自分で振り返っても異常だったと思います(笑)」と話す。
応募者から審査員になってみて初めてわかった「3つの気付き」
かつての自分と同じ志を持ってチャレンジする若手を応援したいという思いと、当時の自分に何が足りなかったかを振り返る機会にもなると考えたことから、嶋野氏は審査員の依頼を快諾。実際に、審査は嶋野氏にとっても貴重な経験になったという。応募していた当時はコピーの書き方もわからずに、ただがむしゃらに書いていたが、審査員側になって初めて審査員が見ていたポイントに気付くことができたという。主な気付きの中から、3つを話してくれた。
①“画(絵)が見えるコピー”が強い
通常、コピーは媒体の種類や場所、デザインとの組み合わせの中で作用する言葉を選ぶ。例えば広告の中に“画”があるなら、コピーで“画”のことを描写する必要はない。しかし「宣伝会議賞」はそれらの情報とは切り離され、言葉だけで審査される点が大きく異なる。嶋野氏は「審査員側として改めて、“画”が浮かんでくるコピーのほうが強く感じることに気づいたんです」と話す。実際に歴代グランプリの中にも具体的なシーンが見えたり、映像的なコピーが多いと指摘する。
「特にBtoB企業の課題では、一層“画”が見えづらくなってしまう。そこで、『こういう使い方がある』とか『こういう人にも使えるんだ』といった描写が言葉の中に含まれているコピーは、3次元、4次元の奥ゆきが感じられて他の作品よりも際立って見えると思います」(嶋野氏)。
②商品の先にある「人」を描く
オリエンテーションは、企業が言いたいことを説明するための整理であり、コピーライターは、その先にいる一般の消費者に伝わる言葉に翻訳することが仕事だと嶋野氏は説明する。
「その人にとって何のメリットがあるかなど、商品視点の対極にある“人間視点”から見て良い言葉にまで昇華できているコピーが良いと感じました」(嶋野氏)。
③“PRコピー”と“広告コピー”の違いを意識して書く
「案外、“PRコピー”と“広告コピー”の違いを理解していない方が多いです」と嶋野氏。両者の違いは「何を動かすか」にある。
広告コピーは、 「人の心」を動かすための言葉。それを見る人間のパーセプションや気持ちを変えて、商品の見え方を変えるコピーだという。一方、PRコピーは、「世の中」を動かすことで、人のパーセプションや行動を変えていく言葉。メディアへの取り上げられやすさや社会性を考えて書かれ、実際の行動変容をしてもらう意味でアクティベーションに近い発想だ。
「『宣伝会議賞』で選ばれるのは当然、広告コピーだと思います。漫才のM-1でグランプリになれるのは「コント」ではなく「漫才」なのと同じです。その違いを分かった上で、求められているコピーを書くこともポイントです」(嶋野氏)。
意外なところで活躍は見られている
「私もそうでしたが、面白いクリエーティブをつくりたいと思って広告会社に入社したのに、希望通りの部署に行けない人は多くいる。実際にチャンスをつかめるかどうかは別ですが、『宣伝会議賞』は、そんな“もやもや”した人たちが無償で実力を磨ける場だと思っています」と言う嶋野氏は、今でも「宣伝会議賞」の受賞作品をチェックすることがあるそうだ。
「『宣伝会議賞』の結果をチェックする人は周りにもいて、そこで頑張っている人を仕事でアサインしたりします。応募者の多くはチャンスを掴もうと、もがいている人が多いと思うのですが、私自身もそんな人と一緒に仕事をしたいと思っています」(嶋野氏)。
嶋野氏自身も、今回の審査を通じてコピーの楽しさや奥深さを再確認したことで、『コピー年鑑』の写経を再開したという。「毎日30分足らずですが、今からでも上手くなりたいし、若手に負けられないから真剣です」と嬉しそうに話してくれた。
嶋野裕介
電通 クリエーティブ・ディレクター
電通入社後、マーケティング局、営業局、シンガポール勤務などを経て、3回目の転局試験でようやくクリエーティブ局へ。PRを組み込んだクリエーティブ・ディレクターとして「BOSS|ゴジラ 顔の映らない主役」「3cmMarket」「TOYOTA #金曜日の新垣さん」「グリーンバックアイドル Mika+Rika」などを制作。
第57回「宣伝会議賞」の一次審査通過者が発表となる月刊『宣伝会議』2020年3月号は、2月1日発売です。全国の書店・Amazon等にてお求めいただけるほか、Amazonで予約受付中です。