マーケティングにおける「邪悪」について — 組織が抱えるリスクにマーケターはどう向き合うべきか?

マーケティング組織が陥る「邪悪さ」とは?

ここまでは戦争という非常に特殊な環境での話ですが、私がここで着目したのは、組織が持つ弱点についてです。そこまで特殊な環境下でなかったとしても、あらゆる組織にはこうしたリスクがあるのです。それでは、ここで普通の人々構成される、マーケティングという“組織”に置き換えて考えてみましょう。

マーケティング組織が陥りかねない「邪悪さ」とは何か。ひとつは、ビジネスの成功という目標志向があまりに強すぎると、極度のストレス状態になることが想像できます。そして、ストレスにさらされると戦争下の兵士のように、幼児退行がおこり短絡的な思考に陥っていく。そして、それは自社やブランドを「味方」、そして競合を単純な「敵」とみなすナルシシズムへと転化していくでしょう。

つまり、自社のチームが優れた強い集団であり、世の中や顧客に選ばれており、業界のほかの競合は劣っていて負けるべきだと考えるようになるのです。そしてこのナルシシズムは、分業体制によって個人で負うべき道徳的責任感を希薄化していきます。その結果、自分のこの集団における役割は「競合の顧客を奪う」といった特定の目標を実行さえすればよいのだ、と考えるようになってしまうのです。そして、そのほかの大きな責任は集団に転嫁してしまえばよい発想に陥っていきます。

こんな話は、非現実的だと思う方がいるかもしれません。しかしながら、少し前に起きたエンロンのような巨大企業による不正会計の問題の背後にある「邪悪さ」とは、おそらくこの件に関わった、組織内の個人の道徳的責任には転嫁できないはずです。集団で悪が起こるということは、企業が目指す目標や意図について、道徳的判断を放棄してしまうことが原因だと言えます。そして、こうした事態はサイコパスのような特殊な人たちによってではなく、アイヒマンのような普通の人々が命令に従うことによって実行されるのです。

社会心理学者のロバート・チャルディーニ氏は、『影響力の武器』のなかで、電気ショックで苦しむ人を目の前にしてもスイッチを止めるのをやめなかったミルグラム実験(実際は役者が演技している)を例にして、人々とは権威を前にすると、疑うことをやめて、そこに従うことを示しましたが、集団の悪とはこのような普通の人々が個人の責任の放棄によって起こりうるわけです。

邪悪さに対抗するマーケターの役割とは?

21世紀の現代は、SDGsのような社会全体が目指す大きな責任について、個人や企業が考える時代になりつつあります。特にミレニアル世代は、単に便利であるとか優れているという理由ではなく、真に世の中全体のために役に立っているのか、という大きな視点で企業やブランドを選ぶようになっています。そして、ますます企業活動に透明性が求められる今、消費者だけでなく従業員や、また株主のような投資家も、先に述べたような組織が生み出す「邪悪の本質」について敏感になっていくでしょう。

マーケターは、組織において消費者の声を代弁する存在ともいえます。だからこそ、マーケターは自社の利益を追求することと、社会的な道義的責任とバランスをうまくとっていくことはもちろん、マーケター自身が、自らそのキープレーヤーとして「個人の責任」を明確にする必要がある。つまりは、組織の邪悪さに無自覚にならないよう、努力することが求められています。

これからのマーケティング組織の在り方は、その意味で軍隊のような「目的と手段」の実行組織なのではなく、個人の責任と集団の責任を負うような明確な「パーパス(社会的意義)」をもつことで、個人の能力が企業全体の力に何倍にもしていくような増幅型組織になっていく必要があるでしょう。それが分業とナルシシズムがもたらす邪悪に対するひとつの答のように思います。

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鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)
鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)

1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)

1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

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