豊田社長がスピーチで見せた腕を広げるポーズ、アリ?ナシ?

【前回コラム】「ゴーン氏が会見で駆使した、スピーチを成功させる強者のテクニック」はこちら

2020年1月に米・ラスベガスで開催されたCES。そのプレス・デーで、トヨタ自動車の豊田章雄社長はプレスカンファレンスに登壇した。

そこで筆者が気になったのが、終始、腕を大きく広げるポーズをしていたことである。これは文章の末尾すべてにびっくりマーク(!)がついているようなものだ。ジェスチャーというものは、本来は文脈に合わせて付けるものである。

そこにはどんな意図があったのだろうか。

全身ストライプの衣服を着た豊田社長。聴衆の目線を縦方向に動かすことによって、首を縦にふったかのように錯覚させ、自然に「Yes」と同意につなげる心理戦略か、体をより縦長に見せて腕を広げたときにさらに身体を大きく感じさせる“視覚のトリック”を狙っていたのか。

 

過剰なジェスチャーは金太郎飴作戦?

動画を見ても分かるように、ステージ上の豊田社長はスーイスイと平泳ぎをしているかのようだった。終始、両手を大きく広げては閉じを繰り返しながら話していたからだ。この様子を見て、「全文が強調ポイントってどういうスピーチなのだろうか?」と思ったのは筆者だけだろうか。

ただ、よく見ると豊田社長のジェスチャーは、話の内容に表情をつけたり強調をしたりするためのジェスチャーとは違うことがわかる。いつだったか、とあるテレビ番組で豊田社長が「アザトイって言われるんですよ」と仰っていたのが記憶にあるのだが、今回のプレスカンファレンスでも「また(そう)言われてしまうだろうなぁ」と思うのだ。なぜなら前述の通り、“そこには必要ない”という場面でも「手を広げて強調する様なポーズ」をわざとつけていたからだ。

ずっとこのポーズを繰り返していれば、メディアに撮られた写真も、ほぼすべてが大きく手を広げながら喋っている場面になる。どこを切っても“金太郎”が出てくる「金太郎飴作戦」なのだろう。

その証拠に、“CES 2020 TOYOTA 豊田”と検索した画像として上がってくる、何らかのメディアに掲載された写真の大半が両腕を大きく広げているものになっている。

締めくくりの一文にインパクトが欠けていた

日本人のなかには「豊田社長はプレゼンが上手、それも英語で上手にプレゼンをやってのける」という刷り込みのようなものがある。だからこそ、多くの人が話の内容と関係なく、終始腕を広げるジェスチャーを「変」とは思わないし、言及もしないのではないだろうか。

しかしよく考えてみてほしい。このプレスカンファレンスがどこで、誰に向けて、何のために、何語で行われたものかということを。英語で行われたのだから、少なくとも英語話者に向けたスピーチであることは確かだ。聴衆はどう感じただろうか?

豊田社長はこのスピーチの準備だけで、大変な時間と労力をかけていらっしゃるだろう。それができる企業でご本人だからこそ、もっと英語スピーチとその内容に伴う正しい戦略を立てて、世界で評価される日本の企業として、良いお手本になっていただきたいと切に願ってあえて言及させていただいている。

例えば、以下に記すスピーチ最後の一文でのジェスチャー。

“And this Woven City is one small……but hopefully significant step…… toward ful-filling that promise.”
和訳:そして、このWoven City(コネクテッド・シティ)は小さなものです……しかし、うまくいけば重要なステップとなります……その約束を実現するために。

スピーチの締めくくりの一文は非常に大事だ。にもかかわらず、豊田社長はこの“one small”(小さなもの)の部分でさえ、他の部分と同じく、大きく腕を広げたジェスチャーで表現していた。本当に“大きい様子”を表現すべきなのは、この後に続く「しかし、うまくいけば重要なステップとなります……その約束を実現するために」の部分なのに……。希望を託す結びの言葉へのドラマを、視覚インパクトを持って聴衆の中にガッツリ刺すことができていなかった。

大きなステージでのスピーチでは、動き回ったり、可能な限り身体を大きく見せるために大きく腕を広げたりするなど、ジェスチャーをつけることは大事だ。しかしその前に、文章の意味(メッセージが何であるか)をしっかり把握し、視覚情報をフルに活用しながら、聴衆に伝わるよう抑揚をつけて話す必要がある。

今回の豊田社長のスピーチは、「いつ撮られても大きく手を広げた姿」という技巧に走りすぎて、最も重要な「聴衆の存在」が完全に抜け落ちているように見えた。ずっと腕を大きく広げているということは、聞き手を飽きさせるか疲れさせる、そして狼少年のように受け取られ「またか、大袈裟だな」と見慣れてしまうかのどちらかになりかねない危うさを含んでいたのだ。

「表現をする」というのは、手を大きく広げることだけではない、例えば最後の一文で“one small”という部分をいかに表現するか、も大事なことだ。それができてこそ、ストーリーにインパクトを与えることができる。全部が大きい表現だとしたら、それがデフォルトになってしまい、抑揚は付かなくなってしまう。そして、本当の意味でスピーチ内容とそこにあるメッセージを理解し、自分のものとして話す。これが何よりもの課題だ。

スピーチ中、始終手を広げていたことが、写真に残る以外にプラスに働くことがなかったわけではない。“腕組み”や“手を胸の前に持ってくるポーズ”とは対局のオープンマインドを示し、ウェルカミングな印象を与えたのだ。不快感や閉鎖感を与えることもないだろう。

しかし、スピーチとして最も大事なのは「文脈に合わせ、メッセージをいかに分かりやすく伝えるか?」なのである……。

次ページ 「自分の言葉で話せば表情やジェスチャーもついてくる」へ続く

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日野江都子(企業ブランディング・プロデューサー/ 国際イメージコンサルタント)
日野江都子(企業ブランディング・プロデューサー/ 国際イメージコンサルタント)

東京生まれ、ニューヨーク在住。フリーランスを経て、2004年、ニューヨークでリアル コスモポリタンを設立。日欧米亜合わせ数千人のハイプロファイリング・クライアント(日系企業や外資企業日本法人の経営層、政治家、財界人、セレブリティーなど)の包括的なブランディングを手がけてきた。施策提案など総合的なコンサルティングを実施し、高い評価を得ている。主な著書『仕事力をアップする身だしなみ 40のルール』(日本経済新聞出版社) 、『Premium Image Management for Men』DVD監修(SONY PCL)、『NY流 魅せる外見のルール』(秀和システム) など。

日野江都子(企業ブランディング・プロデューサー/ 国際イメージコンサルタント)

東京生まれ、ニューヨーク在住。フリーランスを経て、2004年、ニューヨークでリアル コスモポリタンを設立。日欧米亜合わせ数千人のハイプロファイリング・クライアント(日系企業や外資企業日本法人の経営層、政治家、財界人、セレブリティーなど)の包括的なブランディングを手がけてきた。施策提案など総合的なコンサルティングを実施し、高い評価を得ている。主な著書『仕事力をアップする身だしなみ 40のルール』(日本経済新聞出版社) 、『Premium Image Management for Men』DVD監修(SONY PCL)、『NY流 魅せる外見のルール』(秀和システム) など。

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