渡辺 順也(社会情報大学院大学 准教授/イノベーター・ジャパン 代表取締役社長)
昨今、一部のITベンチャーだけではなく、多くの企業で意匠を凝らしたオフィスを見かける機会が増えてきた。以前は、エントランスのみ豪華に装飾し、執務エリアは従来型の「事務所」といったオフィスが多かったが、ワークスペースの周囲にミーティングスペースを設けたり、植物を配置したり、オフィス内に多くの機能や演出がなされるようになった。
その背景に、労働生産性の向上を目指す動きや「働き方改革」があるのは明らかだが、企業と、社員や来訪客などのステークホルダーとのコミュニケーションが変化してきたことも大きな要因であると考える。つまり、オフィスが企業コミュニケーションにおけるメディアとして捉えられ始めたということである。
オウンドメディアを再考する
オウンドメディア(Owned Media)は、ペイドメディア(Paid Media)、アーンドメディア(Earned Media)と並んで、POEM、あるいはトリプルメディアのひとつとして、マーケティング活動におけるコミュニケーション戦略を考える上で重要な要素である。近年、自社で編集・運用を行うWebメディアを「オウンドメディア」と呼ぶことが多いが、こちらは狭義のオウンドメディアとして分けて考えたい。つまりは、本稿ではオフィスをオウンドメディアのひとつとして論を進めていきたいと考える。
企業は、一般的にヒト・モノ・カネのリソースをもとに生産活動を行う組織のことを指すが、情報の観点から見ると、ネットワーク上で情報の受発信が集中的に行われるノード(集合点)である。社内外のステークホルダーとの間に適切なメディアを構築し、情報を受発信することこそが企業活動の本質と言える。
この企業活動としてのメディア構築に必要になるのが、POEMの中でも主にオウンドメディアだ。ここで言うオウンドメディアは、前述の通りWebメディアに限らず、広報誌や社内報などの紙メディアや、株主総会や自社セミナーなどのイベントも含まれる。
ここで再度、オフィスをオウンドメディアのひとつとして捉えるという視点に立って考えてみよう。まず、オフィスが接しているステークホルダーは誰か? もちろんそこで働く従業員は最も接触頻度の高いステークホルダーである。それ以外にも、付設される会議室には取引先や求職者が訪れているのではないだろうか。
オフィスに表れる企業の理念
次に、メディアとしてのオフィスが伝達している情報は何か? 明示的な情報として、当期のスローガンや営業目標、時には社訓が掲げられているかもしれない。しかし、オフィスは明示的な情報だけではなく、暗黙的な情報を多く伝えている。管理職の席次や従業員のデスクのレイアウトには、その企業のマネジメントや組織の考え方が色濃く表れている。
部署ごとに管理職を頂点とするシマを構成している組織では、トップダウン型のマネジメントをしていることが多い。一方、管理職も従業員と同じようにフリーアドレスの席にいるような組織はフラットである傾向が強い。
また、セキュリティの問題があるため一概には言えないが、企業に来客があったときに、オフィスとは隔離された会議室に通されるか、従業員が働いているオフィスを見渡せる場所に通されるかでも、来訪者が感じる企業のオープンさは大きく異なる。
オフィスは企業が従業員をはじめとするステークホルダーと、どのような関係性を持ちたいかという意志を表しており、それは企業の意思そのものである。つまり、オフィスは企業の意思さらには理念を最も色濃く伝えるオウンドメディアであると言えるのはないだろうか。求職者が就職先を決める際に、オフィスが大きな判断材料になるという話を聞くが、それは企業が意図的に発信している表面的な情報だけでなく、オフィスからその企業の理念や本音を読み取っているということだと考えられる。
メディアとしてのデザイン
オフィスをオウンドメディアとして捉えたとき、どのようにデザイン(設計)するべきか。メディアデザインの原点に立ち返り、誰に、何を伝え、どのような効果を得たいのかという観点から逆算的にデザインする必要がある。外観や機能からデザインすると、往々にして本来意図していた効果を得られないことが多いからだ。これはオフィスに限らずすべてのメディアデザインに当てはまる。
オフィスデザインには、人々の価値観の変化とともにトレンドがあるようだ。グリーンを活用した空間デザイン事業を展開するparkERsのブランドマネージャー梅澤伸也氏によると、「オフィスデザインは長らく効率性を重視してきたが、カフェのようなコミュニティ機能を持たせたオフィスが増え、近年では仕事内容に合わせて働く場所やデスクを選ぶことのできるABW(Active Based Working)やWellbeingがトレンドになりつつある」と言う。企業が、従業員を単なる労働者ではなく、共に成長する大切なステークホルダーとして接するようになってきたことの表れかもしれない。
これから日本では労働人口が急速に減少し、企業が労働力を確保することが非常に困難になることが予想される。その中で、各企業が自社の理念や価値観をオフィスというメディアに表現し、従業員のエンゲージメントを高めていくことが企業活動に求められている。これまで会社案内に文字情報としてしか表現されていなかった自社の理念を具体化する機会としてみてはどうだろうか。