クリエイティブの世界もこんなに違う!?日本とグローバルの働き方の違いを徹底分析

「スピード」を失った日本、だが…

「スピードを否定したら、発明的創意工夫もないし、そこにウィットもないはずです」。

これは、ホンダの創業者である本田宗一郎氏が残した言葉です。本田氏が求めたその精神は日本が「失われた20年」の間に“失って”しまったもののひとつなのかもしれません。

「時間を掛ければ掛けるほど、質は良くなる。費やした時間が長ければ長いほど、尊いものとされる」。誤解を恐れずに言うと、このような美徳を日本人は一旦忘れてしまってもよいのではないか、と思うことがあります。

仕事に限らず、日本に滞在していて一番強く感じるのは、「日本って、こんなに遅かったっけ?」ということです。私が思うに、その理由は、成果には直結しない「無駄な部分」に時間を掛けすぎてしまっているから。そしておそらくこの「遅さ」が、昨今の日本の国力低下や日本のブランドの成長鈍化に大きく影響したのではないかと個人的には強く思います。

もちろん、一人だけスピードアップしたところで組織や社会が変わらなければ意味はない、とお思いになるかもしれません。けれどもやはり、個の集合体が組織であり社会である以上、一人ひとりがスピードアップを心掛けることは非常に大切なことだと私は思います。

メールの返信が速い。タスク処理が速い。ミーティングの進み具合が速い。決定までが速い。失敗しても、反省して次に切り替えるのが速い。そんな小さなところから、個人として、そしてチームとして始めていくことは、きっといままでにない成果を生み出すきっかけとなるでしょう。

一方で、シリコンバレー的なスピード感の全てを称賛するつもりもありません。特に昨今のTheranosのスキャンダルやスタートアップ内のハラスメント問題のように、極端な速度での成長を求めることからの綻びも見えはじめています。だからこそ、「スピード」と「確かさ」の両立を実現できるのは、やはり日本しかないな、と思う今日この頃です。

仕事をする上でスピードを意識した姿勢を失ってしまった日本。しかし、かつては「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれていた時代も…。

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曽原 剛(Death of Bad)
曽原 剛(Death of Bad)

1999年博報堂入社。コピーライターとして7年間在籍したのち、2006年にロサンゼルスのTBWAに移籍。Appleや日産など数多くの有名企業のクリエイティブを手掛けた。その後、2014年に日本に帰国し、J. Walter Thompson Japan のエグゼクティブ クリエイティブ ディレクターに就任。2018年には、ロサンゼルスのTBWA\Media Arts Lab時代の同僚、ジョン・ランカリック氏と共同でクリエイティブスタジオ「Death of Bad」を立ち上げた。

曽原 剛(Death of Bad)

1999年博報堂入社。コピーライターとして7年間在籍したのち、2006年にロサンゼルスのTBWAに移籍。Appleや日産など数多くの有名企業のクリエイティブを手掛けた。その後、2014年に日本に帰国し、J. Walter Thompson Japan のエグゼクティブ クリエイティブ ディレクターに就任。2018年には、ロサンゼルスのTBWA\Media Arts Lab時代の同僚、ジョン・ランカリック氏と共同でクリエイティブスタジオ「Death of Bad」を立ち上げた。

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「ロサンゼルスの現場から。~日本語しかできなかったコピーライターが、気付いたら、LAでクリエイティブスタジオを設立していた話~」バックナンバー

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