この記事の講師
川山 竜二(かわやま・りゅうじ)
社会情報大学院大学 広報・情報研究科 研究科長
専門は社会理論、知識社会学、専門職教育。筑波大学大学院人文社会科学研究科にて社会学を専攻。専門学校から予備校まで様々な現場にて教鞭を執る実績をもつ。現在は、「社会動向と知の関係性」から専門職大学、実務家教員養成の制度設計に関する研究と助言も多数おこなっている。海洋開発研究機構普及広報外部有識者委員。また、教育事業に関する新規事業開発に対するアドバイザリーも行う。そのほか、研究施設等の広報活動について科学コミュニケーションの観点からアドバイスを行う。先端教育研究所 研究所長。
広報(パブリックリレーションズあるいはコーポレートコミュニケーション)は専門職だろうか。このような投げかけは、いささか挑戦的かもしれない。しかし今、広報が専門職であることに疑問が投げかけられているのだ。それでは広報は、特別なスキルや知識がなくとも務まるものなのだろうか。
自らの仕事が専門職であるのかという疑問を投げかけられる職業は、広報だけに限らない。ではそもそもの疑問として、専門職とは何なのだろうか。
1915年に「ソーシャルワーカーは専門職か? Is a social worker profession?」という講演をA.フレックスナーが実施して以来、何が専門職であり、何が専門職でないのかという議論は盛んに行われてきた。
教育課程の充実が課題に
フレックスナーによれば、専門職の定義は下図の6点を挙げている。その上で、フレックスナーは、「ソーシャルワーカーは専門職ではない」と結論を下したのである。
フレックスナー「専門職」の定義
専門職の定義は、フレックスナーを発端に様々な論者が提起している。ここでは議論を簡略化するために、フレックスナーのモデルから考えることにしたい。この専門職モデルに広報を当てはめてみると、現状では①④⑥はあてはまるのではないだろうか。
つまり、広報は様々な情報を収集し発信する点において知的な職業であり、広報の判断により組織の存続に重大な帰結が生じることになる(①)。例えば、プレスリリースを書いたり、クライシスコミュニケーションにあたったりする場面では、知識だけではなくスキルによる対応が求められる(④)。そもそも広報の役割は、組織とパブリックの相互の利益をもたらすことを目的としているのであれば、公共への奉仕は少なからず担っていることになる(⑥)。
一方で、②③⑤はどうだろうか。②に関していえば広報に関する高度な体系的知識は確かに存在しているのかもしれないが明示的ではない。また、様々なセミナーが催されているが長期的なものは多くない。その意味で③は発展途上なのではないかと思われる。⑤は、日本パブリックリレーションズ協会などの専門職団体は存在しているが、参入者を規制するまでには至っていない。もちろん、「参入者を規制すること」が必ずしも専門職化することとイコールではないだろう。しかし広報は誰でもできるというのも語弊がある。
実のところ、広報は専門職への要件を備えつつも完全な専門職へと昇華しきれていない。その足かせが「専門職教育」である。すなわち、広報の体系的な知識化と専門職教育課程の充実がこれからの課題になりうる。
脱・魔術化する広報へ
日本の職業慣行上、ジョブローテーションやOJTにより広報業務を習得させることがままある。こうした点が、広報の体系的な知識の習得と専門職教育への障壁となりうる。そして、これだけICTが発達し複雑化した社会のなかでOJTによる教育は限界を迎えつつある。そのような中、広報業務や広報に関する知識を可視化する必要があるのだ。
今の広報実務は、可視化されづらく、評価もしづらい。そういう意味で、それぞれの広報の知識が属人化されている可能性がある。脱魔術化する広報とは、広報の役割を可視化し、参照したいときにいつでも参照が可能な状態にしておくことである。それは、ある意味で「広報の広報」でもありうる。
例えば、広報担当者のなかで最も重要な広報のひとつの要素としてメディア・リレーションズがある。より端的な言い方をすれば、メディア関係者との人脈である。よく課題になるのは、人脈がそれぞれの広報担当者に紐付いていることである。広報担当者が異動したり、退職したりした場合はその組織に何も残らないことになる。人脈を人から切り離すことは当然ながらできないが、どのようにメディア関係者と関係性を築いてきたのかという方法をまずは共有することが重要である。こうした一つひとつの明示化が広報の脱魔術化には必要になってくる。
広報に必要なスキルを集約すれば、①社会の動向を把握する能力、②組織を社会と関連させて理解する能力、②組織を社会と関連させて発信する能力である。この3つの能力は、あるひとつの組織のコーポレートコミュニケーション部門でキャリアを積む場合に必要になる。あるいは、働き方改革や人生100年時代に呼応する働き方、すなわち組織に所属せずポートフォリオワーカーとなっても必要になる。
このような能力を養成するには、短期的な教育課程では難しい。こうした広報の専門的な知識の体系をつくり、広報のプレゼンスを高めるためには、まず自身の広報業務を客観視し、可視化することが必要なのである。