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先日、新型コロナウイルスを克服し退院したボリス・ジョンソン英首相。一時期はICUにも入ったが持ち直し、4月9日には一般病棟に移り、12日に無事退院した。
その際、5分ほどのビデオメッセージが公開されたのをご覧になった方も多いだろう。熱く、人間臭く、パーソナル・アプローチで、訴えかけてくるその語り口に、心を揺さぶられたのは筆者だけではないはずだ。
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外見も話し方も気取らない
この日のジョンソン首相は、濃紺のスーツに白のドレスシャツ、赤地に白いドットのタイという出で立ち。病み上がりでやつれた感じは残るものの、喋り方は語調が強めの発声で勢いが感じられた。
筆者の在住国であるアメリカのトランプ大統領とも、しばしば比べられることのあるジョンソン首相。過激な発言などもある御仁だ。
この日は、髪はボサボサっとしており、ネクタイも少し曲がっていた。これらの外見はボディランゲージも含めたアピアランスとプレゼンス、喋り方とリンクしていてお高くとまった感じがしない。国民から「ボリス」とファーストネームで呼びかけられる政治家は彼だけというのも、そのような理由からだろう。そしてボサボサにも関わらず、不潔感やだらしなさも感じない。なかなか興味深い人物だ。
イギリス英語は特に発音による階級があるということをご存じだろうか。アメリカ英語社会にいる筆者には、その辺りの判別はつかないため、イギリス英語を専門とし企業トップに英語発音やスピーチトレーニングを提供している高島まきさんに、彼のバックグラウンドと発音について伺ってみた。
ジョンソン首相は、爵位こそないが良い家柄に生まれ、少年期を名門イートン校で過ごし、オックスフォード大学に進学。オックスフォードの中でも最古のひとつ、ベリオール・カレッジで古典(classics)を学んだ典型的エリート出身だ。このベリオール・カレッジとは、首相やノーベル賞学者も多く輩出している名門だそうだ。そしてこういう名門大学で古典を専攻するのは象徴的な上流。ちなみに彼の生まれはニューヨークで、幼少期に英国に帰国。でも発音的にはまったく関係ないとのこと。
そんなジョンソン氏の発音は、RP=Received Pronunciationと言われる、一定階級以上の発音で、良い教育を受けた証、良い家柄の出身とみなされる発音だという。
過激な発言、語調の強さ、一部見た目のボサボサ加減を、見る者に不快感とさせず「近づきやすさ」に変換できているところは、やはり育ちの良さと知性、セルフ・マネジメント力のなせる技だろう。
子どもにも外国人にも伝わるスピーチ
彼は5分のビデオメッセージの中で「thank」という単語を8回も使い、感謝を言葉にして伝えた。これだけ「ありがとう」という言葉があふれた、国のトップのスピーチを聞いたことがあるだろうか?筆者にはその記憶がない。もしかするとあったのかもしれないが、記憶に残っていないというレベルだったのだろう。
一国の首相や大企業のトップのスピーチでは、「ありがとう」は、あまりにシンプルすぎるからか、使われない言葉だ。だけどそれは違う。難しい言葉を使い、難しく話すことが格好の良いスピーチだとするのは間違いだ。特に日本のトップのスピーチにはありがちだが。
本来広く多くの人に伝わる良いスピーチとは、言わんとしていることが「子どもにも外国人にも一発で伝わる」スピーチだ。グローバル社会ではこのポイントが必須である。
心からの「ありがとう」の言葉は、強く熱く言えば確実に聞き手に伝わるだろう。一国のリーダーの発言として、自国だけではなく他国へのメッセージにもなる。ジョンソン首相のスピーチからは、グローバルに発信することをわきまえた判断をしているという冷静さも垣間見られるのだ。