消費だけでなく今後のニューノーマルとしてライフスタイルがどう変化するのか
そしてこのような状態からどのようにしてライフスタイルの変化が起こるのでしょうか。私が予想することを以下の図にまとめました。
■ライフスタイルはどう変化するか?
この図で示したのは、新型コロナウイルスの収束や、状況からの回復など、段階が変わるごとに、「ニューノーマル」へそれぞれ変化していくのではないかということです。
現段階では、この危機によってある意味でライフスタイルの見直しや、対外的な欲求が満たされないストレスがたまりつつ、自主的なマネジメントができるかどうかが試されるように思います。
この時期にいかに冷静に身の回りの状況を判断し、無駄なものを捨てるなど、自ら考えて行動することが求められていますす。経済的なマイナスが大きい企業にとって、ここで大きな変革をしない限り、この危機を脱するのは難しいように、個人でもその点は考えるべきでしょう。また、情報の選別も含めて惑わされず、他者とのつながりを明確に意識して「情報」を見極めることが重要です。
次に実際に収束し、社会が徐々に回復していく段階では、経済的なダメージが大きかった場合、危機状態を維持したままでないと、事業を継続できなくなるかもしれません。また働き方や企業は危機のときのデジタル格差がそのまま尾を引いて回復に影響するので、デジタルリテラシーにおいてもこの危機は試金石になる可能性もあります。
回復基調になると一気に欲求が戻る対外的な体験や消費はあるでしょう。中国ではすでに「リベンジバイイング」という言葉もある通り、店舗が再開して買い物に戻ってくる顧客もいると聞きます。実際に米国で第二次世界大戦直後に急速に伸びた業界は「旅行業」だったようです。このような極端なぶり返しは想像できます。
そしてその長い回復期が終わって「ニューノーマル」に行きついた先には、おそらくデジタルトランスフォーメーションが進んだ社会で、自主的な管理と個人的な価値観を確立することが求められるようになると思います。それはある意味で企業が持っていたリスクを個人が負うことで、さらなる自由と責任をもつことを意味します。一方で社会の持続性と、このような危機に対するレジリエンスを確保することが、企業や組織や国のスタンダードになるでしょう。
そのために覚悟しなければならないことは、新型コロナウイルス危機のような監視や制限を一時的にでもするような社会的な縛りがあることと、それを自主的に対処できるような自律性の責任が高くなることです。これらは抽象的な考えかもしれませんが、いずれそのような意味で、「個人と社会」がバランスをもって生きる世界になるように思います。
新型コロナウイルス危機とは、その意味で、いまこの状態の「危機」が社会と個人の両方にダメージをもたらした出来事として、今後どのように解決していくかが問われているように思います。
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