ホンダ、異色のプロマネが語る。プロジェクト進行に必要な計画3段階、野心のサイズ、プリンシプルとは?【前編】

ホンダの「計画3段階」と定性・定量のバランス、野心のサイズ

前田:物流業界にかぎらず、どのような仕事でも情報やコミュニケーション不足で待ち時間などが発生してしまい、スケジュールが狂うといったことがありますが、そうした身近な問題にも通じるプロジェクトだと思います。こうした実験的なプロジェクトは、ホンダ社内ではどのように位置づけられているのでしょうか?

原:ホンダの先達が残した文献に「計画3段階」という考え方があります。一口に計画と言っても、その中には構想計画・課題計画・実行計画の3段階があるというものですが、今回のような先行研究や実証実験プロジェクトは、構想計画あるいは課題計画にあたります。

前田:段階ごとのプロジェクトの評価指標や進め方にはどんな特徴があるのでしょうか?

原:目標設定のあり方で言えば、構想計画では理想を描き、目的・目標が定性的に語られます。次の課題計画では、事業的・技術的な可能性を踏まえた定量的な目標が入ってきます。最後の実行計画では、構想を具体化する方策案に対する明確な定量目標が設定されます。

計画3段階の進め方の要諦は『やってみるという行動の前に、構想段階で「全体」を考え、課題段階で「関係」を考え、実行計画で「部分」を考えよ』ということです。時間のない現代では、いきなり高めの定量目標を掲げて解決策や実行計画から入りたくなるのですが、その前に問題を生んでいる構造を全体的にとらえ、結果に影響しそうな変数の相互関係を事前に考えておかないと、実行段階でしっぺ返しをくらうぞと書いてあるわけです。

要するに、計画3段階とは「急がば回れ」なんですね。個人的にも、これだけ複雑化した時代にいきなり方策から入るのはリスクが高いと思っています。そもそも、その方策が経験や都合から生まれた思い込みの可能性が高いですし、大事な要素を見落としかねません。

ちなみに、私はこの3段階で野心のサイズを変えていきます。特に構想段階は野心が大事ですから、技術的可能性や因果論理が多少不明でも高い目標を掲げます。次の課題計画の段階になると理論やデータを踏まえて複数の方策を検証しますので、野心とロジックは半々くらいでしょうか。もちろん根拠や説明力がないのはダメなんですが、かといって最初から出来ることしか考えないというのでは面白くないじゃないですか(笑)。

前田:物流改革プロジェクトは構想段階にあたるとのことですが、「先進技術の実用化を見据えた有効性の評価」を目的として、具体的にどのような実験を行われたのでしょうか?

原:まず、カメラがクルマを認識するうえで影響しそうな14の因子を選定します。具体的にはカメラのシャッター速度や露出、取り付け角度、個々のクルマを識別するために貼ったQRコードの大きさや位置、カメラの前をクルマが通過する車速、その他に時間帯や気象条件などが因子です。次に、因子ごとに複数の検証水準を決めます。時間帯で言えば昼・夜、シャッター速度なら速い・遅いといった具合です。

これら全ての組み合わせは約4万9千通りになりましたが、全部の検証はムリなので、直行表を使って事前に64通りに絞り込みました。これらを実際の現場をお借りして検証するため、雨を待つ代わりにQRコードに霧吹きで水をかけたりして、限られた期間内で効率的にデータを取っていきました。

前田:このプロジェクトにおける野心とはどういったことを指すのでしょうか?

原:我々は国内で年間70万台強のクルマを運びます。仮に、今回の画像認識AIで5%のクルマが誤検知されたとします。わずか5%ですが、台数にすれば3,500台。決して少なくないわけです。となると、誰かが誤検知のチェックをすれば良いという話になる。しかしこのプロジェクトの目的は「省人化」「入力レス化」です。この段階でチェックの人員を置けば良いと考えてしまうと、いつの間にか導入が目的になりかねません。

もちろん最後の実行計画段階では、最低限の人員を置くことを考えると思います。しかし、検知率100%を目指した試行錯誤と課題出しは構想段階だからできるわけで、まずは可能性を試そうというわけです。最初から小さくまとまるなよということですね。

前田:そうしたチャレンジが野心というわけですね。

原:もちろん、構想段階・課題段階だから何を言ってもいいというわけではありません。現場での実行には徹底してこだわり、可能な限り科学的に検証しながら、野心を徐々に手なずけていくようなイメージです。

前田:つまり構想段階が最も野心のサイズが大きく、課題、実行段階に進むにつれて野心のサイズは小さくなっていくと理解しましたが、各段階で気をつけていることはありますか?

原:まず、構想~課題の段階は時間を掛け過ぎないことです。全体を描き、影響しそうな要因の相互依存関係をざっくり押さえたら、方策を小さく試して結果を見る。前田さんの著書にもあった「着眼大局、着手小局」です。

そもそも、構想段階で時間をかけて全体を細かく突き詰めようとしても仮説とパワポが増えるだけです。それに、ざっくりというのはいい加減ということでもない。全体の構想やメカニズムのポイント、つまり「勘所」に当たりをつけ、そこを中心に仮説を考えるんです。そこまでできたら、その仮説を小さく検証する。結局、現場で出した結果は机上の検討より遥かに雄弁で、チームの腹落ち感も高まりますし、こうしていかないと現代のビジネスのスピードには合わないでしょう。

近年、MVPやマイクロサービスアーキテクチャが注目されている背景には、大きいシステムや複雑なアーキテクチャを事前に事細かく考えることが難しくなり、作っているうちに環境も変わったりして、後で手戻りが増えるだけという現場の苦労が反映されていると思うんです。複雑なものを細かく考えすぎると、途中で袋小路に入り込んで士気が下がる恐れもありますしね。

そんな思いもあって、今回の画像認識プロジェクトは、一緒に組んだスタートアップ企業に「大企業とは思えない」と驚かれるほどのスピードで転がしていました。たぶん誉め言葉ではなくて、本当にキツかったんだと思いますが(苦笑)。

構想段階で時間をかけすぎてはダメな理由がもうひとつあります。予算です。海の物とも山の物ともわからないプロジェクトに会社が予算を割けないのは当たり前です。だから、やりたいことがたくさんあるのに予算がなかったという言い訳は少し情けない。

可能性がありそうだと信じるなら、構想段階・課題段階からその期待感を少しでも早く数字で見せて、意思決定者と共有する。仮にイマイチな結果なら早めに手じまいして、“次回予告”で期待させる。そうすれば、予算継続や再戦ができる。次につながるんです。逆に言えば、再戦ができない状態になってしまうとプロジェクトは失敗だと私は考えています。

前田:構想計画・課題計画の限られた時間やリソースでチャレンジをするために欠かせないものは何でしょうか?

原:プロジェクトの先にある目的への腹落ちとか、自ら動けるメンバーの選定はもちろんですが、士気の維持も大事です。チャレンジングなプロジェクトではメンバーに相応の“背伸び”を求めますが、人はずっと背伸びをしていられません。戦略にしろプロジェクトにしろ「一発勝負」ということは少ないので、プロジェクト期間内で緩急をつけないと士気が下がり、アウトプットの低下につながります。

そもそもプロジェクトは長くなると士気の維持が難しくなるので、適度に時間が限られることはむしろメリットだと考えています。私自身がいわゆるモチベータータイプではありませんし、精神論は最後の最後まで取っておきたいので、メンバーが「どのくらい背伸びができるか」を見ながら、スケジュールを小さく切り、計画もどんどん変えてメリハリをつけていきます。

(後編に続く)

 

原 寛和(はら ひろかず)氏

本田技研工業株式会社 地域事業企画部 ビジネスアナリティクス課
1996年入社。東北地区の営業部、米国販売子会社(研修生)を経て、海外向け四輪車の商品企画を担当。その後、ハイブリッドカーや軽自動車「Nシリーズ」のブランド戦略(ネーミング・広告・店舗開発等)、再生回数4,000万回以上を記録したOKGOとのコラボレーション企画などを推進。2016年からは事業改革プロジェクトに参画し、サプライチェーンやデジタルなど幅広い領域の戦略立案にも関わる。中小企業診断士。

 

前田考歩(まえだ たかほ)氏

自動車メーカーの販売店支援兼グリーンツーリズム事業、映画会社のeチケッティング事業、魚の離乳食的通販事業、テレビCM制作会社の動画制作アプリ事業など、様々な業界と製品のプロジェクトマネジメントを行う。子どもの探究心を育む「なんで?プロジェクト」、企業のイベントやセミナー設計のための共通言語をつくる「イベントモジュールプロジェクト」などを主宰。宣伝会議では、「プロジェクトマネジメント基礎講座」、「web動画クリエイター養成講座」、「提案営業力養成講座」などの講師を担当。

 


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