プロトタイプがビジネストランスフォームを起こすまで
Fruits in Teaがもたらした一番の収穫は、紅茶がトレンド化したことで固定観念に縛られていた業界全体が活性化したこと。そして、この変革をリードしたリプトンには従来のメーカーとしてのビジネスモデルに加えて、新たなサービス事業が生まれたことです。卸中心だった事業形態を変化させるほどのビジネストランスフォームが次々と実現されていきました。
前者の紅茶のトレンド化は、世の中にさまざまな紅茶ビジネスを生み出し、紅茶が日常のアイテムとしてプレゼンスを高めたことで、市場の拡大をリードしました。実際、ここ2~3年、ペットボトル飲料と国内の紅茶市場の活況を伝えるメディアの記事を多く見かけるようになりました。
後者については、ポップアップストアの熱狂が毎年続き、全国にまで話題や行動が広まったことで、少しずつビジネスの芽が生まれはじめました。どのようなことが起きたのか、順を追って説明します。
まず、1年目から、表参道の体験をタンブラーセットとして「物質化」し、EC販売を開始しました。東京に突如発生した「Fruits in Tea」の熱狂をSNSやTVで見たターゲットの興味をECからの体験提供で回収しました。これにより、情報だけなく、体験価値を全国にデリバーすることができました。
2年目となる2017年には、Fruits in Teaを自宅で手軽に再現できる水出し3分の紅茶のティーバックを全国で発売。グリーンティーやルイボスまでラインナップを拡張したこの水出し紅茶は、その後夏の新カテゴリーとして定着しつつあります。
3年目になるとさまざまな業種からのコラボ提案がいくつも舞い込むようになり、コンビニや映画館、商業施設向けのライセンス提供が始まりました。
ローソンのマチカフェで提供されたFruits in Teaは2日で40万⾷が完売し、SNSでは「瞬殺ティー」と呼ばれたそうです(笑)。紅茶が全国のコンビニで瞬殺するなんて、以前の紅茶消費では想像もできませんでしたが、これは全国規模で「Fruits in Tea」体験への“欲望”が高まっていたことの表れだと思います。ライセンス提供は年々拡大し、今年は赤城乳業さまからリプトンティーアイスとして「Fruits in Tea」のアイスバーも登場しました。
さらに2018年の11月にはポップアップストアを発展させた新業態の直営店「リプトン ティー スタンド」の出店を発表。さらに、Fruits in Teaのフォーマットは海を渡り、アジアやヨーロッパにまで広がり、海外でも展開されるまでになりました。
従来の製造&卸中心の事業モデルからライセンス事業/サービス事業が生まれたことで、新たな収益モデルの構築が始まっているということです。
ブランドの未来のために志と覚悟を持って取り組む
夏の暑い日に、レモンやミルクだけでない一手間を加えて、オリジナルのin Teaをタンブラーにつくって家から持ち出す。街に出て紅茶を仲間と楽しむ。いつものコンビニで、日常的に紅茶を購入する。映画館で、映画のお供に紅茶を選ぶ。このようにポップアップストアで提示された新しい体験価値は、冬の家中消費を中心に動いていた市場に、新しい紅茶の飲用スタイルと消費を創出しました。
人々の意識や行動が変われば、消費の形態が変わり、おのずとビジネスも変わります。消費者とプロダクトで向き合っていた関係は、サービス(体験)でも向き合う関係に変わるということです。これを実現するためには、ポップアップストアの企画設計段階でもブランドのビジネスモデルと向き合い、ブランドの理想の未来を常に思い描きながら、世の中に対する知覚を磨いておくことが重要になります。
ビジネス創出の地点に到達できた背景には、ポップアップストアを起点にした「問い」と「挑戦」の繰り返しの中で、ブランドの「事業拡大」というゴールがきちんと設定され、ブランドマネージャーを中心にチーム全体が北極星に向かって前進し続けられたことがあります。
仮にポップアップストア単体の成功(ストアの売り上げで投資回収をしたい/ただただメディア露出を狙いたい、など)だけを目指していたら、ビジネスの本質的なトランスフォームに到達できなかったはずです。
ポップアップストアは未来の顧客に直接向き合い、革新の可能性と需要性を問いかける貴重な場ではあるのですが、効率のいい投資回収の仕組みとして機能させるべきものではありません。単年度で結果を求められるプレッシャーに負け、短いスパンで回収できる施策に終始してしまえば、結果的に「今ある市場のパイの奪い合い」にしかならず、レッドオーシャンに沈んでいってしてしまうだけ。
いま顧客流出に悩んでいる多くのロングセラー商品にとって必要なのは、市場への期待を拡張する新たな欲望を創出することであり、シュリンクしていく流れの中でのシェアの奪い合いではないはずです。ブランドには、そうした長期的で大局的なビジネスを生み出す視点と覚悟が求められます。
株主資本主義や単年度評価に晒されている中で、短期的な成果を求められる圧力、予測不能な未踏領域へ踏み出すことに対する強い抵抗など、さまざまな困難が待ち受けているかもしれません。しかし、ブランドの未来を本気で考え、お客様にとっての新しい体験価値を創出するチャレンジ精神を継続的に持ち続ければ、きっと道は開けます。
もちろん、生活の多様化や関心テーマへの回答として、プロダクトを中心とした体験価値の拡張も進行されており、紅茶を含めた「Tea」のもっとも革新的なお茶ブランドを目指して戦略スコープを広げています。
2回に渡り、ポップアップストアの具体的な活用事例をお届けいたしました。ポップアップストアの成功は、お客様とブランドの関係を再構築し、未来のためにビジネスをトランスフォームさせる第一歩。需要性が認められた体験価値をベースに、新しいサービスや事業モデルがデザインできれば、ブランドの未来もだんだんと見えてくるはずです。Fruits in Teaの事例はまさにそれを証明しているのではないかと思います。
藤井一成氏(ハッピーアワーズ博報堂 代表取締役社長/クリエイティブディレクター))
1999年から博報堂でインタラクティブクリエイティブを軸に統合キャンペーンを手掛け、その後グループ内ブティック、タンバリンに参加。2016年より同社代表に就き「ハッピーアワーズ博報堂」に社名を変更。
“これでいい…”という消極的選択が溢れる成熟社会で、「ブランド」と「生活者」の関係性をアップデートする“至福”の体験価値をクリエイティブし、ブランデイングとマーケティングの両輪を動かしている。