新型コロナで「コロナビール」はどう影響を受けたのか? 感染し人々を動かす「ナラティブ」の力

コロナウイルスと「コロナビール」の物語のはじまりは「38%がコロナビールを買わない」

ことの発端は2月。世界各国で感染者が出始め、さらに韓国とイタリアで感染者が急激に増え、日本で学校の休校宣言を出したタイミングでした。当時、米国ではまだ感染者は少なく、新型コロナウイルスは対岸の火事のように見えていたのかもしれません。この時は、まだ新型コロナウイルスは中国を始めとするアジアで感染が拡大し、それが世界経済にマイナス影響を与えるという見方が大半でした。

「コロナビール」に関する風評は、まだ中国で新型コロナウイルス感染が拡大している頃から語られており、1月末にすでにコロナビールの検索数が上がっていることが記事として取り上げられていました。また、コロナビールの親会社であるアンハイザー・ブッシュ・インベブが第一四半期の業績を、中国市場での不振からマイナス10%という予測を出しています。さらにそのタイミングで、英国の調査会社YouGovが、コロナビールに対するネガティブなスコアを検知していたのです。

それを受けてPR会社である5WPRが、ビールを飲む成人を対象に独自の調査を実施してリリースで発表することになりました。その内容はビールを飲む人の「38%がコロナビールを買わない」と回答したという否定的なヘッドラインでした。

このニュースはCNNを中心に多くのメディアに取り上げられ、ソーシャルメディアでも拡散されることになりました。CNNのこの記事のツイートには7万以上の「いいね」がつき、2万人の人が話題にしました。おそらく人々の期待値の中には、「世界的な疫病と同じ名前のビールを買う人などいない」というネガティブな連想が働いたに違いありません。それは事実に即した判断ではなく、あくまでネガティブな病気がネガティブな結果を生むはず、という思い込みや悪い意味での期待があったのかと思います。つまり、人々が受け入れやすいネガティブな「ナラティブ(物語)」だったのです。

2020年2月5日
コロナビールの検索数が急増…グーグルの予測検索候補が影響か(ビジネスインサイダー)1月18日以降コロナビールの検索数が急増しているとの指摘

2020年2月27日
英調査会社YouGovが米国成人を対象とした調査で「コロナビール」の「バズスコア」「購買意欲」が1月末で以降に急落と発表。

「コロナビール」の親会社ビール製造会社「アンハイザー・ブッシュ・インベブ」が2020年第一四半期は10%の減収になるとの見通し(中国市場での不振が影響) 。

PR会社「5WPR」が独自の調査結果をYouGovのバズの結果も含めリリース:「ビールを飲む人の38%が『コロナビール』を買わないと回答」。このリリースをCNNはじめ各社が取り上げてニュースとなり、ソーシャルメディアで拡散した。

ですが、この物語はそこで終了ではありませんでした。翌日にはそれに対する反論がすぐに出たのです。それは5WPRが広めた調査に関する疑義からでした。疑問点はふたつ。ビールを飲む人というサンプルの中で、もともと「コロナビール」を飲んでいた人の割合がはっきりしていなかった、つまり、もともと飲まない人も買わない38%には含まれていたのではないか、という疑いがひとつ。そしてもうひとつは「コロナを買わない」という理由が、「コロナウイルス」とは関係がないのでは?という疑問です。

あわせて米国でのコロナビールの販売代理店であるコンステレーション・ブランズがPR会社のニュースとは違う事実を持って反論します。このニュースが出る前までの4週間の北米のコロナビールの売上は下がるどころか、5%も増加しているというものでした。

2020年2月28日
ハフィントンポストほかメディアが5WPRのニュースが事実なのかを検証。

「コロナビール」を扱う米国酒類販売大手「コンステレーション・ブランズ」が2月16日までの4週間の売上は5%の増加と反論。

次ページ「マーケターが語るコロナウイルスとコロナビールの新しいナラティブ」へ続く

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鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)
鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)

1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)

1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

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