ナラティブも疫病と同じように感染し人々を動かし、経済を動かす
このようなナラティブ(物語)は否定的なものであれ、肯定的なものであれ、人々に感染することで新しい行動をもたらします。そしてその結果は必ずしも否定的でも肯定的でもないが、具体的に人々の行動が経済的な影響をもたらすというのが厄介なところです。
この考え方は米国の経済学者であるロバート・シラー氏がその著書『Narrative Economics(物語経済)』(2019年)で、主張しているものです。シラー氏はナラティブ(物語)が、感染症のように拡散し収束することをGoogleの書籍や刊行物のデータから統計的に導き出し、その物語の拡散が人々の行動をもたらし経済的な結果をもたらしたという仮説を提示しています。
日本でも新型コロナウイルスによるデマの否定が、結果的に逆の行動をもたらした事例があります。それはトイレットペーパーの買い占めに関するソーシャルメディアによる情報の拡散です。この情報の拡散は、もともとトイレットペーパーが品不足である、というデマを否定するためのソーシャルメディア上の発言が、結果的にそのデマを広げることになり、それがデマの否定と逆の行動である「買い占め」をもたらしたというものです。(4月5日日経新聞記事「「デマ退治」が不安増幅 買い占め騒動ツイッター分析」)
このような物語の拡散、あるいは情報の拡散を、パンデミックをもじって、インフォデミックとも呼びます。このインフォデミックは、米国のマーケターが主張するSalienceと似た効果があります。つまり「頭に思い浮かびやすくする」ということです。行動とはこの「頭にすぐに思い浮かぶ状態」があることによって実行に移されることから、アレンバーグ・バス研究所のマーケティング研究者であるバイロン・シャープ氏は「メンタルアベイラビリティ(心理的な手に入りやすさ)」と呼んでいます。物語として伝染することはこのメンタルアベイラビリティを強化する働きをもつのです。
私たちマーケターがアンテナを張るべきはこの「メンタルアベイラビリティ」であり、それをもたらすナラティブ(物語)なのです。新型コロナウイルスと「コロナビール」のようなわかりやすい連想だけでなく、今後の社会の変化によって生まれる価値観や文化の文脈に注目することも重要です。
たとえば巣ごもり、テレワーク、おうちフィットネス、時差通勤、Zoom飲みなどの新しい言葉や状況に関して、自社のブランドのサービスや商品にふさわしいナラティブ(物語)は何かを考えることは重要です。そしてその言葉が思い浮かぶたびにブランドが想起されるメンタルアベイラビリティや連想をつくり上げるマーケティングがこの状況を活かす有効なアプローチになるはずです。