この記事の講師
坂本 文武(さかもと・ふみたけ)
社会情報大学院大学 広報・情報研究科 教授
1997年早稲田大学 社会科学部卒。2000年に日米それぞれ2年間のNPO経営とCSRコンサルティング会社を経て同業務で独立。2003年からPR会社ウィタンアソシエイツでコンサルタントを7年間、2010年から立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授を5年間兼務。2017年から現職。
ゲームのルール改正を進める好機
通勤と会議と飲み会がある会社では「おとなしい」人が、自宅からネットでON/OFFできる会社で「頼りになる人」になっているのではないだろうか。デジタル・ネイティブ世代は案外すぐそこにいて、時に中堅層よりいまの業務推進に貢献できているはずだ。
障がいのある人や普段家に閉じこもっている若者が、普通の会社員よりはるかにデジタル時代の生きる力を兼ね備えていることも、それに関わる著者は思い知らされている。ゲームのルール改正が進んでいる、のである。「標準的な多数派」がかつて生み出したビジネスのルール、コミュニケーションの仕様を、「少数派」と思われていた人が変える世界が現実になり始めている。
一つ例示をしたい。世界ゆるスポーツ協会、という活動がある。「運動弱者が勝てるスポーツを発明する」、つまり、運動が苦手な人が運動の得意な人と競っても楽しめるルールを開発することから始まった。100mを早く走れなくても、1mを最もゆっくり走り切る「100cm走」、2mの身長と優れた運動能力がなくても、赤ちゃんをやさしく抱いたことのある人なら勝てる「ベビーバスケ」などを生みだした。
そのルール・バリエーションはこの数年で加速度的に増えているし、エコシステムとしてのビジネスネットワークが急速に拡大している。今年5月には「オンラインゆるスポーツ大会」として、ソファやベッドから起き上がらずにできるスポーツ・イベントを開催した。
この取り組みが示唆するのは、これまでの「ルール」が多くの人を排除していたり、少しの生きづらさを強要していたかもしれない、ということだ。もしくは人と人とのリアルな関係を前提にした、側面的なルールだけで「会社員」ビジネスを進めていたのかもしれない、という解釈だ。
違う行動が違う結果をもたらす
ライター、タイプライター、電話やスキャナー、リモコンまで、もとは障がいのある人のために開発された商品が、障がいのない人の利便も向上させている。リモートワークも、遡って考えれば特定少数のニーズから生まれている、と考えられていたが、実は多くの人の潜在ニーズを満たしていることも今回体感したはずだ。
「これまでのビジネス」に戻れないほどの変化の潮流にいる私たちは、「これまでと違う」行動をとらなければ、違う結果には至らない。行動や経験を変えるためのコミュニケーションもまた、これまでとは違う方向を模索するべきではないだろうか。従来の戦略に加えて、企業活動の周縁にいる人や、企業活動が疎外していた人に目線をあわせた、異質な出会いをデザインすることで、企業に新たな可能性を持ち込めるのではないか、と著者は考えている。
経済の血流が滞っていることで、生活の中に生きづらさを抱える人は急増しており、社会課題に直面する人はもはや少数派ではないから、縁遠いと思っていた集団にデジタル・ツールを使って出会いに行く努力を一定割合心がけてはどうだろうか。
コミュニケーションの対象だけではない。意識的に広げるべきは、コミュニケーションの過程である。何に問題意識をもち、誰とどのような議論を経て製品化、サービス化しているのか、をオープンにするほど、いまなら新しいつながりを引き寄せる可能性が、以前に比べて高まっている。
福祉現場にマスクを提供する「おすそわけしマスク」のように、不完全な意思が、ネット上で応援する輪に広がる仕掛けが、いまのコミュニケーション担当者には求められている。クローズドに事業開発を進める優位ももちろん残るだろうが、「やる!」「関心ある!」と言いだす先手型のコミュニケーションで、志ある仲間とつながる時代と考えたほうがよさそうだ。
CCが進める経営を再考する
「広報」から「コーポレート・コミュニケーション(CC)」へ、と企業広報の研究者であり、社会情報大学院大学の初代学長である上野 征洋が提唱したのは、2000年代半ばである(図1)(上野, 2007)。経営や商品情報を提供することでステークホルダーとの関係を保全する「リニア型」に加えて、ステークホルダーとの継続的な情報交換を通して経営革新に貢献する「スパイラル型」は、経営体の社会価値を高める、と指摘した。いま改めて考えれば、「CCが進める経営」を、いまこそ実現する好機だろう。
図 「経営がつくるPR」から「CCがつくる経営」
毎年新卒採用をする会社の多くは、現場社員は、デジタル・ネイティブ世代である。会社にあわせて育て上げるより、デジタル・コミュニケーションに強い社員の発想や行動力を応援する「逆ピラミッド型」の組織構造を志向してはどうか。世界のどこにいてもつながれる、デジタル・ツールを駆使すれば、リアルをこえることすらできる、との機運があるいまこそ、「この指とまれ」の志向性が、新しく意外なつながりを生みだす予感がする。
参考文献:上野 征洋「広報とCSRの戦略化に向けて」(経済広報センター『経済広報』2007年5月号)