投稿タイミングを知る方法
橋口:世間話のタイミングも絶妙ですよね。ポテトサラダをつくるのは面倒か簡単かのポテサラ論争がTwitter上であったときも、さらっと調理家電でつくるレシピを出されていました(図4)。
山本:軒先に立っていれば、往来の人が今日はポテサラの話をしてるな、というのは聞こえてきます。そうこうするうちに、フォロワーさんから「ポテサラの件、どう思います?」と振られるわけです。たぶんそこが、僕がしゃべるタイミングだと思っています。フォロワーと関係性が築けているので、「あいつなら、ちゃんと発言してくれるにちがいない」とリプライをくれます。そうした信頼関係を築き上げることは、タイミングよく投稿するための武器になります。
橋口:自分が言いたいことではなく、言ってほしいことを言うわけですね。山本さんは、「みんな薄々思っているけれど、なんとなく言わないでいること」を発見してツイートするのがすごく上手です。
山本:人はSNSを見る時、メッセージだけでなく「誰が言ったのか」までセットで捉えます。企業の広報部門にいると、「どう言うか」に頭を悩ますことが多いと思いますが、それ以前に「誰が言うか」を構築することがずっと大事だと僕は思います。「シャープが言っている」より「‟シャープさん”が言っている」のほうが、聞いてもらえる確率は上がりますから。
‟シャープさん”という人格を確立するために、自分の言葉で毎日しゃべる。継続的なコミュニケーションを積み上げています。「誰が言うか」を構築するために、例えば広報部のだれかが実名でリリース文を書く、あるいは開発者の一人称で発信するような試みもあり得ると思います。
橋口:「実家が全焼したサノ」というアカウントで、インフルエンサーになった後輩が「これまでは会社が個人に人格を与えていたけど、これからは個人が会社に人格を与える時代になるんじゃないか」と言っていました。リリースも企画書も、さっきの校長先生の話じゃないですけど、もっと自分を出していいと思うんですよね。伝えにくい内容の時ほど、短く端的な、自分の言葉で伝えたほうが、楽になるはずです。
山本:誰の言葉なのかを提示したほうが、言葉に体温が宿るし、読まれるということ。その意味で、企業アカウントで一番いいのは経営者が行うことですし、いずれは社員が全員やればいいと思っています。
橋口:スタートアップの経営者などは、顔を出してSNSをしていますよね。社員が実名・顔出しでSNSを行って、人事採用につなげるケースもあります。
普段の自分を仕事に混ぜる
橋口:山本さんはフォロワーからの購入報告にリプライしたり、購入相談にのったりしながら、体温のあるコミュニケーションをとっていますね。
山本:お客さんに軒先で話しかけられたら、ご用命は聞きますし、「買いましたよ」と言われてお礼をするのは当たり前のこと。でもルール化するとうまくいかなくなります。「10人中8人にしかリプライしなかったら怒られるんじゃないか」と心配して、すべて返信しないルールにしたりする。でも残り2人に怒られるかと言ったら、そんなことはない。人はそこまで自分たちのことを気にしてないですよ。僕は八百屋さんの肌感覚で、できる範囲でやっています。そこにはコミュニケーション戦略など存在しません。
ただしSNSの場合、1対1のコミュニケーションでも、見ている人は見ていて、広めてくれます。変な言い方ですが、徳を積むには、効率のいい時代です。お客さんひとりひとりへの対応が、多くの人の目に留まり、企業価値へと還元されることもある。なにより僕ら家電メーカーの場合、商品を売るのは量販店の人たち。ありがとうを言っていたのはお店の人でした。それがSNSにアカウントを作ったおかげで、直接購入者にお礼が言えるようになったのは、画期的なことです。
橋口:普段の仕事でも「こんなことを言ったら怒られるんじゃないか」と心配することってあると思います。すると異常に遠回しな敬語が出てくる。「させていただきました」という言い回しが、よく使われますよね。進化系だと「させていただけるとよろしいかと存じます」とか。これは自己主張をしたいけど、嫌われたくない現れ。その点、僕は「嫌われてもいい」というスタンスで、なるべく単刀直入に伝えるようにしています。そのほうが、いい結果が出るし、主張したいなら嫌われる覚悟はすべきだから。
たとえ失礼だと怒られても、相手は1年後まず覚えていないでしょう。本来仕事って、共通の目的に向かって頑張るものですから、好きか嫌いかといった人間関係から自由になれる手段なんです。それに、恋人に嫌われたらショックでしょうけど、仕事上ならそこまでダメージはないはず。
山本:僕は、正確に言うと職業人として言葉をつむいでいるわけで、自分のすべてをTwitterで出しているわけではありません。でも、個人的に好きなものと関連づけて自社製品をツイートすることはあります。なぜかというと、「好き」という発信が、SNS上でポジティブな反応を呼ぶからです。
橋口:海外のビジネスパーソンは、スピーチでプライベートな話を絶妙に混ぜていて、自社のサービスの話に落とすのがうまいですね。あるソーシャルメディア企業のプレゼンで、スピーカーが娘のキャンプの話を始めたんです。キャンプ写真の紹介が続いた後、「私たちのサービスは、ソーシャルメディアの中ではなく、ふだんの生活を充実させるためのものです」って話に落として見事でした。自分の一面を仕事に少し混ぜていけると、もっと伝わる言葉になるし、発信も楽しくなると思います。
山本:橋口さんはコピーライティングで自分の好きなものを反映されるんですか。
橋口:得意なことになるべく引き寄せようとはしています。たとえば、タレントCMよりは、コピーを軸にした企画で勝負することが多いです。タレントCMが必要な時は、得意な人を連れてきますね。山本さんは、ツイートで文脈をつくるのが得意だとおっしゃってましたよね。
山本:1個1個のツイートよりも、日々の発信によって人となりを強固にさせていくほうが得意です。今は、フォロワーから「こういうことを言いそう」と思われるようにもなりました。こうしたことができるのはSNS上だから。広告の一回性なキャンペーンでは、こうはいきません。
蓄積の効果
橋口:山本さんは、弱い人に弱い言葉で、同じ目線に立って語る、ブランドのコミュニケーションを確立されました。今人気のある企業アカウントは、だいたいシャープさんっぽい人格です。海外だと、米ウェンディーズのTwitterは毒舌キャラだったりしますから、そろそろ次のキャラクターが出てきてもいい。
山本:そうですね。人格のあるSNSでのコミュニケーションを、どのように継続させていくかに悩む広報担当も多いのだろうなとは想像がつきます。だけど拡散だけじゃなく、蓄積できるのがSNSの強みだと思います。
橋口:蓄積されたSNSアカウントの効果に、注目しないのはもったいない。
山本:KPIとか、効率性に対抗する数字は出せないので、お客さんとのやり取りのエピソードやツイートがきっかけとなったパブリシティといったものを積み上げて、具体的な事実をアルバムのように見せるのが、いまのところ最適解ではないかと思います。企業のSNSでのコミュニケーションを継続させるため、こうした策を組み立てていくと、もう少しやりやすくなると思います。
(敬称略)
本対談のほかにも、企業がソーシャルメディアを経営と戦略にどう活用しているか、掘り下げています。
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