(取材・文/日本パブリックリレーションズ協会)
コロナ禍に出現する共感の芽を見つけよう
—コロナ禍でアワードやイベントが中止となっていますが、「PRアワードグランプリ」開催の意図は。
今年はカンヌライオンズをはじめ、Spikes AsiaやADFESTなど広告関連のイベントが軒並み中止・延期となり、また来年度のCESやMWC(モバイルワールドコングレス)、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)といった大型カンファレンスも早々にオンライン開催への変更を宣言しました。イベント自粛が続く中、このような催しはいかがなものかという意見もありますが、あえてこのような状況下だからこそ良き事例を集め、皆で共有したいという思いの方が強かったと言えます。もちろんソーシャルディスタンスの確保やオンライン審査なども考慮に入れ、安全に開催できると踏んで、協会とも議論しながら実施が確定しました。
コロナ禍では予測できない出来事が次々と巻き起こり、これまでの常識をいとも簡単に覆していきました。これまでの当たり前が立ち行かなくなることなんて、それまで想像もしていなかった人々が大半だと思います。それでも順応しながら、決して暗く打ちひしがれることなく、悪戦苦闘しながらも新たな当たり前をつくり、なじもうとしている。このような逆風の中でこそ、新たな人間の知恵が発現することもあると思います。そんな取り組み、努力、意志を取り上げ、スポットを当てる場があるべきと考えました。
—今回、どのようなエントリーを期待していますか。
この半年で感じたのは、人間社会の「復元力」の強さです。よく生態系の復元力が語られるとき、「その生態系が複雑なほど、その復元力もまた強い」と言われます。生態系が単純だと、その一端を構成していた一部の欠落により生態系全体へ大きな影響を与えてしまう。一方、複雑な生態系では、欠如した役割を代替してくれるさまざまな生物が存在し、生態系をそのまま維持することが可能になるといいます。
一見、複雑な社会の復元は複雑骨折同様、復元するのが非常に難しく思えてしまいますが、まさに複雑多様な人間社会は逆にその強い復元力を有し、失ったものを十分に充当するさまざまな手立てをもっているのではないでしょうか。自分自身が渦中にいながらも、なぜか「人間は大丈夫」という確信を抱いているのは、このような気持ちが内々あるからなのかもしれないと改めて思いました。
とはいえ、その復元は言葉で語るよりも、実際のところはとても困難であり、また時間もかかるものと思います。その困難に立ち向かう意志、そして工夫が、常態と比較しても強く発揮されているのが今ではないでしょうか。
個々の生活者のみならず、企業においても根本的な事業継続や、環境変化への対応が数多くなされている状況だと思います。各社が発揮した工夫、それを支える意志、生み出された成果をいかに共有し、拡散し、さらに拡張・伸張していけるかをこのアワードによってサポートできたらと思っており、そのようなエントリーをぜひ期待したいと思います。
コロナ禍が顕在化させた社会課題
—コロナ禍では通常のコミュニケーションプランは意味を成さないのでしょうか。
まさにこの混乱期に、これまでと同様の視点で、通常のコミュニケーションを実行しようとすれば、それは間違いなく総スカンを食うでしょう。それは世の中を見ていない証左です。
PRのスタート地点は、外部環境を冷静に見極め、相手の立場に立ち、どのように接するべきかを考えることです。これは平常時でも緊急時でも同じですし、逆に緊急時にその立ち位置はより重要になってきます。そして、この緊急時・混乱期にこそ、逆にそれまでとは違った人々の意識が大きく表出してきたはず。そこを捉え、寄り添い、仲間となる。それこそが今の時代に求められるコミュニケーションだと思います。またこのきっかけは、潜在的にあったその欲求を自身で把握していなかった人々にも気づきを与えたかもしれません。
いろいろなサポートに出会い、共感し「ああ、自分は今、そういうこと、もの、そして存在を求めているのだな」と認識した方も多かったのではないでしょうか。通常のコミュニケーションが通用しない中で、どのように人々の課題や欲求を発見し、対応していったのかが感じられる活動は意外に多いのかもしれません。
—この時代に取り組むべき方向性などがあれば教えてください。
おそらくみなさんも、これまで自分の周りにそこまで強く意識してこなかった問題を身近に感じたことがあるのではないでしょうか。
先日、国連広報センターの方々とお話させていただきましたが、このコロナ禍がきかっけでこれまで隠れていた社会課題が一気に噴出したと思います。それまで海外のことだろうと遠目でみていた問題を日本でも目の当たりにするようになってきています。
例えば外出自粛やテレワークにより自宅で過ごす時間が長くなったことがDVを増長させてしまったり、経済が立ち行かなくなる中で仕事を失う人も増えたり、パートタイマーで働く人、特に女性にしわ寄せがいくなどのジェンダー問題もあります。また収入が伴わず、これまでの生活、食事を制限せざるを得ないなど、身近に貧困といった現象も出現してきています。
一方で経済活動が止まることにより、海洋汚染や大気汚染が緩和され、日々目にする海や空の青さに驚くなど、自然環境の著しい回復を体験し、改めて何気ない日常生活が環境に与えている大きな影響を実感した人も多いでしょう。これまで見えなかった社会課題、あるいはあえて見ようとしなかった社会課題を胸先に突きつけたのがこのコロナ禍でもあると思います。
このような体験は息苦しいものではあるものの、グローバルで共通の体験や視点を少しでも持てたことは人々の見識として役立つものとなるでしょう。そしてそういった「共感のタネ」は、まさにPRにおけるエッセンスとして極めて重要であり、今後のコミュニケーション戦略構築に欠かせないものだと思います。社会の意識、人々の不満、企業の行動、政府の対応など、コロナ禍でそれぞれどのような変化を遂げたのか。不謹慎かもしれませんが、それらを集約して感じ取ることができる稀少な機会として捉え、その視点を活かした新たなコミュニケーション方法を築いてほしいですね。
最後に、いろんなところで申し上げていますが、PR視点はもはやコミュニケーション戦略に欠かせないものとなりました。以前の「PR=パブリシティ」という理解でなく、世の中に新しい概念を提示し、理解浸透・共感醸成をもたらし定着させる、そしてその関係性をより良く維持・育成していくものです。
これはコミュニケーション業に関わる人ならなにかしら理解し、目指していることでもあると思います。ぜひ、PR業だけではなく、あらゆる立場の方々が自身の仕事を再整理し、その中に自分なりのPRエッセンスを見いだしていただく、そしてそれを今回のPRアワードにぶつけてみていただけることを期待しています。
井口理(いのくち・ただし)
電通パブリックリレーションズ 執行役員/ビジネス開発局局長
PRSJ認定PRプランナー
1990年電通PRセンター(現・電通パブリックリレーションズ)入社。コミュニケーションデザインを手がけるチーフPRプランナー。企業のコーポレート・コミュニケーションから、製品・サービスの戦略PR、動画コンテンツを活用したバイラル施策や自治体広報まで、幅広く手がける。カンヌライオンズなど各種海外アワード審査員を務めるほか自身もカンヌライオンズグランプリ等受賞多数。2018年よりヤングカンヌコンペティション国内代表選考審査員長、2019年からPRアワードグランプリ審査員長。著書に『戦略PRの本質』(朝日新聞出版)、『成功17事例で学ぶ 自治体PR戦略』(時事通信社:共著)、『戦略広報-パブリックリレーションズ実務事典』(電通:共著)。