はじめに
僕は「学習環境デザイン」という分野で、「どんな場があれば、人は夢中になって学ぶのだろうか」をテーマに研究している。10年前、「職場こそが学びの場だ!」という考えのもと、ビジネスマン向けに仕事を楽しむための思考法をまとめた『プレイフル・シンキング』を刊行した。このたび、僕の最新の研究や活動をふまえて加筆改訂した決定版が、本書である。
前著で僕は、「職場」という文脈の中に、アメリカで出会った人たちの学びに対する情熱的なスピリットと考え方を散りばめた。とくに、大学院時代にお世話になったキャロル・ドゥエックの「認知的動機づけ理論」をベースにして、僕なりの世界観を展開した。
キャロルは、やる気とはその人がもっているパーソナリティではなく、その人の考え方や意味づけによるものだという考えをもとに、「無力感を獲得してしまった子どもたちも、自分の可能性に対する考え方を変えることによって自信を取り戻すことができる」という独自の理論を展開していた。その彼女のパワフルな理論(信念)に、僕は恋してしまったのだ。自分の将来の可能性を感じることができれば、生き方をポジティブに変えることができる、という考え方に希望を感じたのである。
キャロルの理論と出合ってから、僕はこの考え方を教育学のフィールドで活かそうと、長年研究を重ねてきた。どうすれば子どもがワクワクして学べる場を創り出せるかを考えてきた。そしてたどり着いたのが、「Can(できるかどうか)で考えるのではなく、How(どうやったらできるか)で考え、自分の周りの環境を最大限に活かせば、ワクワクする学びの場を創り出すことができる」という僕なりの理論(希望)である。さらに、この理論を働く場に応用したものが前著『プレイフル・シンキング』である。
本のキーワードである「プレイフル」とは、物事に対してワクワクドキドキする心の状態(state of mind)を指す言葉である。キャロルのアイデアを参考にしながら、仕事を楽しむためのエンジンとして考え出した概念である。
自分の行動や考え方を多角的に眺め、状況に応じてみずからをコントロールすることができれば、仕事をより楽しく、豊かにすることができる。さらに、憧れは自分ひとりで実現するよりは、他者とのかかわりにおいて実現できた方がもっと楽しい。こうした考え方が、本書のタイトルである「プレイフル・シンキング」という概念の柱になっている。
前著の刊行から10年が経ち、人々の働き方や働く環境は随分変わった。「仕事を楽しむ」という考え方も、当時に比べて、少しずつ受け入れられるようになったと感じている。僕の活動の中心にあるワークショップという手法も、以前より一般的になり、僕が企業に対してワークショップを行う機会も増えた。
そのようななか、見えてきた課題もある。
ワークショップの参加者は、その場では自分を解放し、他者との協調による新たな発見や創造に胸を躍らせるものの、通常業務に戻ると、また元の働き方に戻ってしまうのだ。単純に「楽しい」という感覚を味わうだけでは、日々の仕事をプレイフルに変えることはできない。そのことを痛感させられたのである。
では、どうすれば「プレイフル」に働くことができるのか。そもそも「プレイフル」とは一体どういうことなのか。僕自身、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボでの1年間の研究や、ワークショップでご一緒した方々との山のような議論を通して、気づいたことがある。それは、プレイフルに働いている人たちは皆、「本気!」だということだ。仕事に真剣に向き合っているから、仕事が楽しくなるのだ。
何かにワクワクするのは、それがまだ誰も見たことのないものだったり、誰も成し遂げていないことだったりするからだ。その反面、前例がないため失敗のリスクと背中合わせでもある。だから、不安でドキドキする。ワクワクドキドキすることをやり切ろうとするのは、はっきり言って、いばらの道だ。それでもあきらめずに前進し続けたら、世の中の人々を「あっ」と驚かせるようなことを成し遂げられるかもしれない。そのときの感動も大きなものになるはずだ。
この感動を一度でも経験した人は、次にまたおもしろそうなアイデアを思いついたら、多少困難な道でもそちらを選ぶだろう。憧れのゴールに思いを馳せながら、困難を乗り越えていく。こうなれば仕事はどんどん楽しくなる。このように「真剣勝負」を重ねた人だけが、「プレイフル」なスパイラルに乗ることができるのだ。
真剣に取り組むから、楽しいし、能力も発揮できる。さらには困難や苦しみさえ「成長の糧」と捉えて喜びに変えられる。本書では、プレイフルを「仕事に真剣に取り組むときにわき起こるドキドキワクワク感」と再定義し、全体を見なおした。
働き方改革も、この10年間で加速した大きな流れである。
企業はいま、残業削減や業務効率化のために、ITツールの導入や社員のスキルアップに力を入れている。ただし、この流れでいくと、合理化の名のもとますますリスクが取りにくい社会になるだろう。その結果、無難で予定調和な道を選ぶ人が増えてしまわないだろうか。
イノベーションというものは、「これ、おもしろそう!」とワクワクしながら新しいことに挑戦する人や企業が創っていくものだと僕は思っている。プレイフルに働く人がいなければ、社会は進歩しないし、世の中はつまらなくなる。第一、仕事がつまらないままでは、何のための働き方改革だろうか。
いまこそプレイフル・シンキングで仕事を楽しくし、本当の意味での働き方改革を目指していただきたい。この決定版にはそんな願いも込めている。
この本はたくさんの方々との対話と協同作業を通して実現したもので、まさにこんな本が世に出たらカッコいいなという僕の憧れが実現したひとつの成果である。
この本がみなさんのプレイフル・スピリットをスパークし、世界をROCKする(ゆさぶる)ことができれば幸せだ!
学びはロックンロールなのだから!
目次
序章 プレイフル・エンジンをスパークさせよう
あなたはCan I タイプ?それともHow can I タイプ?
ネガティブに考えてしまう人の心理
誰もがプレイフルになれる思考法
『セサミストリート』の制作現場で感じたプレイフルな空気
「働くこと」を「学び」の視点で見てみると?
これからの時代の求められるプロフェッショナルとは?
ドキドキをワクワクに変える
つらいだけの人生はつまらない
楽しさにこそ仕事の本質がある
状況に応じてプレイフル・エンジンをスパークさせよう
第1章 見方を変えれば気持ちも変わる
プレイフルを阻害する心のあり方
フィックストマインドセットvs.グロウスマインドセット
①固定的知能観vs.成長的知能観
②よく見せたいvs.よくなりたい
③失敗は過ちvs.失敗は自己投資
④自己防衛vs.課題挑戦
僕らはみんなプレイフルな存在だった
コチコチな心から自由になる—メタ認知
仕事をおもしろくする—課題設定
可能性は「状況」のなかにある—How can we do it?
素材を使いこなす—ブリコラージュ仕事術
プレイフルに働くために大切な4つのP
やる気がないのは本人の問題なのか
認知的ハイヒールを履いて学びを深化させよう
心のゲージを自由に動かそう
第2章 目標をデザインしよう
認知心理学的に見た「目標」の役割
成績目標と学習目標をバランスよくもつ
長期目標と短期目標をすりあわせる
メタレベルから省察する
体験を経験に熟成させる
省察を超えて即興の世界へ
目標はダイナミックに変化する
第3章 足踏みしないでチャレンジしてみよう
一歩を踏み出す勇気をもとう
足場をかける
ときには他者評価もバネにしよう
仕事のやり方はひとつではない
失敗は恥ではない
制約を超える楽しさがある
第4章 形にしないとはじまらない
アウトプットは省察のもうひとつのカタチ
ビジネスで使えるプレイフル・アウトプット
①ポストイット
②ロッケンロール(大きなロール紙)
③レゴブロック
プロトタイプをつくる
プレイフル・プレゼンテーション
第5章 もっと他力を頼りなさい
知能や能力は分散して存在する
憧れの最近接領域
クラッシュを恐れない
自分の枠組みを広げてみる
境界線がどこまで広がるか試してみる
プレイフルに対話する
わかりあえない壁に立ち向かうとき
「何をやるか」より「誰とやるか」
もっとも新鮮な素材は現場にある
誰もがデザイナーになって、もの作りに興奮する
わたしたちの時代、プレイフル・カンパニーの時代
第6章 人をプレイフルにする環境の力
ハンズオン!の環境が学びを楽しくする
プレイフルな働く場をデザインする
〈空間編( K )〉
①空間と活動をリンクさせる
〈道具編( D )〉
②キューブで意見交換
③パスタでプレゼンテーション
④風船で自己紹介
⑤ランチョンマットでおもてなし
⑥市販の板チョコが特別なプレゼントに変身
⑦ドレスコードで参加意識を高める
〈活動編( K )〉
⑧TKFモデル(つくって、かたって、ふりかえる)
⑨イタリアンミールモデル
⑩ドキュメンテーション(記録する)
⑪100の線引き
⑫レゴの高積み
⑬みんなで似顔絵
〈人編( H )〉
⑭多層的なコミュニティ
日常にワークショップを取り込んでみよう
[コラム]ケーススタディ 企業のプロジェクトとにワークショップを取り入れてみた
終章 プレイフルに働く場としてのオフィスの可能性
オフィスを変えて、働き方を変える
「自分たちの場所」にする
プレイフルOSを入れよう
おわりに
資料・僕の学びとメディアストーリー