困ったらとにかく、余裕があるように笑う
前述の通り、ディベートが始まって早々にトランプ氏はやりたい放題、喋りたい放題だった。開始数分で、バイデン氏に向かって“Joe”と呼び、バイデン氏の喋っている間にもしきりと“Joe”と呼びかけ、割って入ろうとするのだ。
これは心理作戦だ。人間は名前を呼ばれると思わず反応して、呼びかけた人に気を向けてしまう。それがファーストネームであれば尚更だ。トランプ氏はそれを巧みに使い、相手の注意を自分に向けさせ、話に集中できなくなるよう仕向けている。それだけではない、お構いなしの話の横入りという邪魔を仕掛け、相手の気力を奪って萎えさせるのだ。これがアメリカの現大統領のすることか……と考えると気が遠くなるが、確かに効果は抜群なのだ。
このように、強烈かつ口が達者なトランプ氏に、「強さ」が特徴ではないバイデン氏がどのように対抗してくるのか?も、今回の見所のひとつだった。
バイデン氏の戦略は「喧嘩は買わない」「同じレベルに落ちない」「自分のペースを崩さない」ということだった。あれだけ邪魔をされながら、大声を出すことなく喋り続け、時に黙ってやり過ごし、相手が黙った瞬間にまた喋り始めるのだ。
トランプ氏が瞬発力だとしたら、持久力での勝負。通常、人間があれだけの邪魔をされたら、自分が何を喋っていたのか分からなくなる。しかし、このような状況になることを想定し、横から様々な邪魔が入りながらも話し続ける訓練を相当してきたのだろう。あっぱれだ。その上、以前はスピーチの声がしゃがれることも多々あり、特にその部分で年齢を感じさせてしまっていたバイデン氏だが、今回はトランプ氏のような大声ではないにせよ、以前よりも声がはっきりしていた。
また、トランプ氏のどうしようもない発言や挑発にも、笑顔や苦笑いで対応するという余裕を見せていた。米メディアの記事では「笑いすぎ」という批評も目にしたが、困った表情をして隙を見せるよりずっと良いだろう。「困ったらとにかく、余裕があるように笑う」という一定の行動が設定されているだけで、何があっても迷わず、不安にならずに済むものだ。
そして、目線と体をカメラに真っ直ぐ向け、カメラの向こうにいる多くの有権者・視聴者に向けて語りかけていた。1人ひとりに向かって手で指し示しながら語り、時に両手を使って左右同時に同じジェスチャーをすることで伝達力を2倍にしていた。
メディアトレーニンングで指導する大事な基本のひとつ「喋りかけるべきは、目の前の記者ではない、カメラの向こうにいる多くの視聴者だ」ということを、忠実に守っていたのだ。