新常態におけるコミュニケーション 広報実務・研究からの問題提起

 
この記事の講師

柴山 慎一(しばやま・しんいち)
社会情報大学院大学 教授・日本広報学会理事長・シダックス 取締役専務執行役員

シダックス 取締役専務執行役員 兼 グループ経営戦略・経営管理本部長 兼品質管理室・広報室担当(現職)。日本電気で主に財務部門に10年、野村総合研究所で証券アナリスト7年、経営コンサルタント8年。経営コンサルティング部長、コンサルティング事業本部長、広報部長、総務部長、NRI データアイテック代表取締役社長、NRIみらい代表取締役社長。日本広報学会理事長(現職)。慶応義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。

 

新たな生活様式が求められ、近距離でのコミュニケーションがしにくくなった一方で、様々なITツールを使った意思疎通が活発になっている。コミュニケーションのあり方は今後どのように変わっていくのか。

新型コロナウィルス感染症がもたらす社会の変化に伴って、コミュニケーションのあり方にも変化が求められています。

組織論の父とも呼ばれる経営学者チェスター・バーナードは、組織の成立にはコミュニケーションが不可欠であり、「コミュニケーションは受け手に受容されて成立する」という権威受容説を提示しています。つまり、コミュニケーションの供給者(発信者)ではなく需要者(受け手)の方が、その成立を決定しているというわけです。

コンテキストからコンテンツへ

そもそも、コミュニケーションとは、言語による会話や文章、あるいは非言語の表情や合図などを媒介とし、人と人の間の意思疎通や相互理解を深めるものとして位置づけられてきました。相手の考えを理解し、信頼関係を構築していくためには、伝達される言葉や合図といった情報そのもの、すなわち「コンテンツ」よりも、背景にある状況や関係性などの文脈、すなわち「コンテキスト」が重要になります。例えば「愛している」という同じ言葉を発することで、必ずしも同じ結果が得られるとは限らないことから、これは明らかでしょう。

技術の進化、特にITの進化に伴って、コミュニケーションは人と人の間のものから、人とモノの間のものへ、さらにはモノとモノの間でも成立するものに進化してきました。人がモノに送る言葉や合図でモノが稼働し、その先にいる人にもモノからコンテンツが届けられるようになりました。さらには、IoTという言葉に代表されるように、人が介在せずとも、今やモノとモノとの間でコミュニケーションが成立するようになっています。このようなコミュニケーションにおいては、複雑な「コンテキスト」よりも単純な「コンテンツ」が主役になります。IoTによって、人間が処理しきれないほど大量のコンテンツが蓄積されているのも現実です。

社会的距離が生み出す変化

パンデミック宣言以降、人と人の間に社会的距離(ソーシャル・ディスタンス)を保つことが求められるようになり、顔を突き合わせての近距離でのコミュニケーションがしにくい制約下にあります。ITの進化の恩恵を受けた様々なツールとプラットフォームが、この制約を最小限のものにしてくれていることは、過去のパンデミックとの大きな違いになっています。

アフターコロナになっても継続するであろう新常態におけるコミュニケーションについて、今後の議論のためにも、ここで3つの仮説を提示しておきます。

仮説1:コンテンツからコンテキストへの回帰

社会的距離を保つことで失わざるを得ないことを穴埋めするために、従来以上に「コンテキスト」に重きを置いたコミュニケーションが求められてくると思われます。人と人との間の意思疎通と相互理解を深め、信頼関係を構築していくためには、背景にある状況や関係性を、エピソードやストーリーも絡めて、丁寧にコミュニケーションする必要があります。コンテンツだけに頼らない、受け手に受容されるような、コンテキストが主役のコミュニケーションが重視されてくるでしょう。これは、エクスペリエンス(体験価値)の提示がビジネス、特にマーケティングの世界で重視されるようになっていることとも合致しています。

仮説2:従来型のIT革命から未来型のDX革命へのシフト

社会的距離を穴埋めする場面において、IT革命が役立ったことは誰も否定できないでしょう。しかし、今までのIT革命の成果はツールやプラットフォームとしてのイノベーションで、供給者のイノベーションでした。これから求められるのは、使い方や活かし方のイノベーションであり、需要者のイノベーションになるのではないでしょうか。キーワードとしては、「DX(デジタル・トランスフォーメーション:注)」という言葉を挙げておきます。これは使い手側でデジタル技術を使いこなすことで成立する考え方で、冒頭で紹介した「受け手に受容されて成立する」というバーナードのコミュニケーションの定義とも通じるものがあります。パンデミックによって、DX革命のスピードは加速していくでしょう。

仮説3:2つの仮説の組み合わせ「コンテキスト」×「DX」がカギを握る

今回のパンデミックによって、コミュニケーション改革は、10年は早まったと思われます。従来のコミュニケーション技術の進化は、供給者の論理に基づくITの進化に相まっていた部分が大きいと考えられますが、これからは、需要者(受け手)の論理に基づく「コンテキストへの回帰」と「DXの進化」がカギを握るのではないでしょうか。コミュニケーションのプラットフォームになっているITツールが供給者の手を離れ、需要者の手元でDXに伴ってエクスペリエンスとして自律的に展開していくことによって、コミュニケーションの新たな進化が生まれてくることが期待できます。従来にも増して、コミュニケーションは受け手が主役になっていくことは間違いないでしょう。

新常態下におけるコミュニケーションのあり方については、様々な議論が必要です。社会情報大学院大学や日本広報学会においても、このテーマでの研究機会を広げていきたいと考えています。関心のある方からのご意見を求めます。

注)DX(デジタル・トランスフォーメーション):「ITの浸透が人々の生活を良い方向に変化させる」という考え方。2004年にスウェーデンのウメオ大学エリック・ストルターマン教授が提唱。

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