*本記事は12月1日発売2021年1月号『広報会議』の転載記事です。
INTERVIEW
『ワールドビジネスサテライト』
チーフプロデューサー 大久保直和氏
メインキャスター 大江麻理子氏
1988年4月に放映を開始した、日本で最も長く続く経済ニュース番組。「仕事と生活につながる経済ニュース」をコンセプトに国内外の経済の動きを独自の切り口で伝える。制作スタッフ数約40人。
本連載では、著者自身の番組制作経験を活かしつつ、注目の番組の「真実」を浮き彫りにすることで、広報のレベルアップの手助けになればと思う。
リニューアル後の第1回目は、筆者の古巣でもあるテレビ東京の旗艦ニュース番組『WBS(ワールドビジネスサテライト)』。チーフ・プロデューサー(CP)の大久保直和氏とメインキャスターの大江麻理子氏にインタビューした。
大久保CPは政治記者、北京支局長などを経て、『ガイアの夜明け』の立ち上げに関わる。9年以上にわたって、『ガイアの夜明け』を制作した後、『未来世紀ジパング』や『カンブリア宮殿』のCPを務め、1年半前より『WBS』担当となっている。
働く人たちの応援歌を目指して
『WBS』は長年、経済報道番組として、同時間帯の他のニュース番組とは一線を画してきた。「見た人に良かったと思ってもらえる、それに尽きます。番組を見て明日への勇気が湧いたと思ってもらえるかを大切にしています」(大久保CP)。「『WBS』を見てから眠りにつく方も数多くいます。1日の終わりに前向きな気持ちになれるものでありたい。そんな想いは番組全体で共有できていると思います」(大江キャスター)。
こうした想いは決して対外的な「建前」でない。私自身、制作現場に身を置いていた者としてそう断言できる。単なる経済情報や株価情報の列挙ではなく「働く人たちの応援歌でありたい」。そんな想いを制作現場で共有できていることが『WBS』の大きな特長と言えるだろう。
メインキャスターのスタンスも、他の番組とは大いに異なっている。大江キャスターにニュースを伝えるうえで心掛けていることを尋ねた。「客観性を保ち、主観的な言葉を使わないということ。経済は数字がすべてなので、必ずデータを基に話すようにしています。ニュースをどう受け止めるかは、視聴者ごとに感じてほしい」。
大江キャスターの話は一般的な「テレビキャスター」像と対照的に聞こえるかもしれない。キャスターとは政治や事件など様々なニュースに対して、「主観的な」コメントを加えるもの。それが多くの視聴者のイメージではないだろうか。『WBS』のような経済報道番組の視聴者は、それぞれの仕事で専門分野を持っていることがほとんどだ。そうした専門性の高い視聴者に対して、データを重視して、客観的に伝える。大江キャスターの言葉に、著者は現在の『WBS』が実に考え抜かれてつくられていることを再認識した。
10万件のリリースはAIで整理
「働く人々」への影響力が大きい番組なだけに、毎日、膨大な数のプレスリリースが舞い込んでくるのも『WBS』の特徴だ。現在、プレスリリースはどのように扱われているのだろうか。「『WBS』には日々たくさんのプレスリリースがきます。その数は、実に年間10万件にも達します。これまでは主にFAXで送られていました。それを今はAI(人工知能)で分類し、検索できる仕組みを導入しています」(大久保CP)。これはテレビ東京と、東京大学・松尾研究室発のAIスタートアップであるACES(エーシーズ)が開発したプレスリリースのデジタル管理システムだ(図表1)。
これまでプレスリリースといえば、FAXを中心に郵送やメールなど、様々な媒体で送られてきていた。それらをスタッフが人力で振り分けていた。人力、かつアナログでの情報管理なので、番組を横断した情報共有は難しい。せっかくの情報の見落としも、まれに発生してしまう。膨大な数のプレスリリースを処理する際には人力ゆえのミスも完全に防ぐことはできない。これをデジタルデータで一元管理できるようにしたことで、AIで検索などの整理分類が可能となったのだ。
広報担当として最も気になるのは、デジタル管理システムを用いるにあたり、どのようなプレスリリースが番組制作者に「選ばれる」ようになるのかという点だろう。「例えば、明日、消費者物価指数が発表になるとします。番組担当者は発表に備え、『消費者物価指数』に関連するワードで検索して調べます。そうすると、システムで関連したワードの入ったリリースが出てくるという流れです。キーワードを文中に散りばめていると、番組のニーズに合致する可能性は高まります」(大久保CP)。
単に自社の製品やサービスの素晴らしさを延々と書き連ねるだけではなく、社会全体の大きな流れのなかでの位置付けと合わせて語ることができるかどうか。結果を出す広報担当には「自社のセールスパーソン」というだけではなく、社会を俯瞰して捉える、いわば「ジャーナリスト」としての視点も、これまで以上に求められるだろう。プレスリリースを「受け取る側」のデジタル革命は、プレスリリースを「送る側」にも意識変化を迫るものなのだ。
さて、次号はこのインタビューの後半をお伝えする。新型コロナウイルスの感染拡大は『WBS』の制作現場にどのような影響を与えているのか。そして、オンライン記者会見など広報担当の新たな取り組みをどう見ているのかなど、今号以上に「切り込んだ」情報をお伝えしたい。
下矢一良(しもや・いちろう)
PR戦略コンサルタント・合同会社ストーリーマネジメント代表
早稲田大学大学院物理学専攻修了後、テレビ東京に入社。『WBS』や『ガイアの夜明け』のディレクターに。その後、ソフトバンクに転職。映像配信や電子書籍の新規事業を立ち上げる。2017年から現職。著書に『タダで、何度も、テレビに出る! 小さな会社のPR戦略』(同文舘出版)。
月刊『広報会議』2021年1月号
月刊『広報会議』2021年1月号巻頭特集では「2021年コロナ下の『危機対応』実例と応用」と題し、毎年恒例の2020年不祥事ランキングをもとに2020年に発覚した不祥事とその問題点について専門家に解説いただいています。
巻頭特集
2021年コロナ下の
『危機対応』実例と応用
・CASE1 ドコモ口座不正利用問題
植村修一(元日本銀行審議役/元大分県立芸術文化短期大学 教授)
・CASE2 フジテレビ誹謗中傷への対応問題
鶴野充茂(ビーンスター 代表取締役)
・CASE3 ストライプインターナショナル セクハラ問題
角山 剛(東京未来大学学長/産業・組織心理学会理事)
・CASE4 沖縄タイムス コロナ給付金不正受給問題
田中正博(田中危機管理広報事務所 代表取締役社長)
・リスク広報最前線 特別編
東証のシステム障害を通じ学ぶ 広報の押さえるべきポイント
・GUIDE 社員の不祥事~傾向と対策~
平野日出木(エイレックス取締役副社長)
【特集2】実践! 危機管理広報 記者会見編
・GUIDE1
不祥事発覚から記者会見、事後対応まで
広報対応シミュレーション
・GUIDE2
記者会見まであと1時間
広報担当者のチェックポイント
・COLUMN
大戸屋HDとコロワイドの買収劇
記者が見た「真逆」の広報対応
【特集3】実践! 危機管理広報 リリース・社内フォローほか編
・GUIDE1
お詫びリリースの書き方
・GUIDE2
不祥事発覚時の「社内へのフォロー」
・GUIDE3
SNS時代の炎上対策
批判を受けるメカニズムを知ろう
・OPINION
V字回復企業に見る危機の乗り越え方