6時間目:「バラを分解せよ」青山フラワーマーケットの社員研修

【前回コラム】「5時間目:「草で、自分の体重を支えるロープを作れ」 〜 カナダのテクノロジーの授業」はこちら

イラスト:萩原ゆか

ここに1つのブーケがある。さっき中目黒駅の花屋さんで買ってきた。

このお店のものは、リーズナブルなのにセンスが良いので、前をふらっと通った時につい買ってしまうことがよくある。

以前、夏に買ったのは白と緑で統一してある小ぶりなブーケで、涼しそうだなあと思って買ったのだが、よく見るとその緑には、パセリが入っていた。いつも意外な組み合わせが勉強になる。今回のもよく見ると、麦とエンドウ豆の花が入ってる。

 
僕がたまにブーケを買うそのお店というのは、青山フラワーマーケット。今回の伝説の授業は、そのセンスフルなフラワーショップを運営する会社、パークコーポレーションの社員研修である。

社長の井上英明さんは、同じ佐賀県出身の大先輩。いろんなところで顔は合わせていたのだが、ずっとお願いしたいことがあり、3年前の夏、オフィスにお邪魔した。

江戸時代、肥前鍋島藩に弘道館という、それこそ「伝説」の藩校があった。大隈重信を始めとする多数の佐賀の賢人たちがここ出身なのだが、改めて調べるとその方針やプログラムがあまりにも素晴らしくて、その精神を引継いでカリキュラムを現代向けに改編し、「弘道館2」プロジェクトを立ち上げた。

地元に合った教育を、過去から地続きで現代で実践する、時空を超えたコラボレーション(藩校の教育については別の回で詳しく書く予定なので今回はこれくらいで止めておく。ちなみにこちらです)。その弘道館2で、井上さんに授業をお願いしたいと、立ち上げた時から思っていたのだった。

青山フラワーマーケットの名の通り、青山にある本社に伺って、講師の依頼をする。故郷のためなら、と男気あふれる快諾をいただきホッとしたところで、内容についての質問を始める。

「井上さん。何か佐賀の若者たちに教えたい、伝えたいこと、ありますか?」

「あります」。即答だった。「右脳の授業やりたいです」。

「花屋はね、ビジネスを横展開するとかエクセルを使うとかの左脳も大事だけど、一番大事なのは右脳とか感性だから。うちの社員にもいつも言ってるんですよ。花の美しさを観察しろってね」

と続くところで、さらに質問。

「花の美を観察する、何か特別な研修とかって、あるんですか?」

「ただ観察しろって言ってもね、なかなか難しいんでね、バラを分解するんですよ」

バラを、分解する?!

きた!いただき!と思った。僕はいつもこういう瞬間を待っている。この連載の「採集」というキーワードに擬えて言えば、見たことのない蝶がふわっと飛び立つその瞬間、そこに網をさっと被せる感じ。そして、大事に、かつ、素早く、その捕まえた新種の蝶をカゴに入れるのだ。

「それは、超面白いですね!ぜひ、その授業を佐賀の若者たちに、お願いします!」

と、講座の核を決めたところで、その日は別れた。

しかし、バラを分解する研修って面白いなあ、、いやあ面白い、という熱が自分の中で冷めなくて。足が自然と、花屋に向かう。もちろん青山フラワーマーケット。買うのはもちろんバラ。そしてオフィスに戻り、早速みんなでやってみた。バラを分解するワークショップ。

 
バラは三輪。白、オレンジ、あとピンクと白のグラデーションになっている品種を1本ずつ買った。

1枚、1枚、花びらを剥がしていく。まだ生き生きとしているバラなので、すみません、というか、有り難う、というかそういう気持ちを抱きながら。

やっているうちに、いろんなことがわかってくる。観察するぞ、と別に意気込む必要もなく、それこそ自然と。

まず、花びらの大きさ。並べるとよくわかる。中に向かうにつれて、徐々に小さくなっていく。そして、色も変わっていく。これも徐々に徐々に。1枚1枚の感触も感じる。少しひんやりとしていたように記憶している。花の中はこんな風になっているのか、と内部の様子もわかる。

そして、数。知らなかった。1輪のバラにこんなにもたくさんの花びらがついていたとは。ピンクの品種で50枚強、オレンジのは100枚近くもある。

このプロセスを経験して気付くことは、バラについて、それだけではない。

バラを分解し終わって、顔をあげたその瞬間から、細かいところに目がいくようになっている自分に気付く。今まで見えてなかったものが見えるようになる。いや、見ていなかったものを、見るようになる、という方が正確かもしれない。ディテールに対する細かな感覚が増えている。身の回りの世界の、全てのモノの見方が変わる。

授業で何かを分解するプログラムは世の中に結構ある。たとえば、ロンドンのロイヤル カレッジオブ アートでは冷蔵庫などを分解したりするらしい。それはそれで面白いのだが、それぞれまったく効能が違う。そっちは、頭に効く。こっちは、感覚に効く。

どんな花屋の店先にも必ず並んでいる、バラ。誰もがあげたことも、もらったこともあるだろう、バラ。そんな身近な、たった一輪のバラを、分解して観察するだけで、こんなにも世界の見方が変わるのだ。


その日、生まれて初めて分解してみたバラ。この三輪がまさに生きた教材となって、短い時間にたくさんのことを学ばせてもらった。

さて後日、この日の会話を元に、井上さんと開催した本番はこういう講座になった。

2018年10月14日、日曜日。場所は、井上さんの故郷、佐賀県鹿島市の祐徳稲荷神社。タイトルは「右脳と感性を磨く術 ~ クリエーティブに生きよう!教科書は『薔薇』~」。

流れはこんな感じ。

・step1:初めに何も見ずにバラを描く。(描いた後にバラを配り、実物と比べる。いかにいつも見ていないことか、わかる)。

・step2:配られたバラのココが美しい!と感じた部分をスマホに超接写レンズを付けて撮り、みんなで共有する(超接写レンズは、flensという青山フラワーマーケットオリジナルの花専用のもの。そんなものまで出されてるのがさすが)。

・step3:そして、バラを分解する時間。
と、手元のバラの美しさを観察したところで、外に出て、

・step4:祐徳稲荷神社の境内で、ここが美しい!と思った所をスマホで撮って共有する。

つまり、バラを教材(ある意味、教科書)にして細部の美しさを丁寧に観察することを学び、そして最後は、自分たちがいつも見ている世界はこんなにも美しかったのか、と気づく設計。

さらには、井上さんから急遽提案あり、「味覚とさ、嗅覚もさ、やった方がいいよね」ということで、「ペットボトルの水と地元の水、全国で売られている醤油と地元の醤油を舐めて比べて、当てる」という視覚以外の感覚についても、みんなで研ぎ澄ませた。

佐賀の大先輩によるこの講座は、受講生が持つ感性を次々と解き放ち、ステップを追うごとに熱気を帯び、大成功だったのは言うまでもない。その日また「伝説の授業」が生まれたのだった。

こうして各業界の第一線で活躍される方々と授業をプロデュースすると、一番学ばせてもらっているのはもちろん、一番そばで寄り添っている人、つまり僕である。本番で講師が話すこと以外まで見て吸収できてしまうから。本当にありがたい立場だと思う。

今回井上さんから学ばせてもらったことは多々あるが、バラの分解以外にもう1つ共有するとしたら、この話が良いかなと思う。

仕事柄、国内はもちろん世界中で、本当にたくさんの方のオフィスにお邪魔してきたが、ベスト1 0を挙げよと言われたら、井上さんの青山のオフィスは確実に入る。会議室について言えば、グランプリかもしれない。

通された会議室は、まず踏み入れた瞬間の、足の感触から違う。絨毯やフローリング、コンク リートなどではない。木材のチップが敷き詰めてある。だから、平らではない。凸凹している。部屋の中にはたくさんの緑。壁には水が流れていて、せせらぐ音がする。

そして、会議室の部屋の角。つまり壁と壁や、壁と天井が交わるところは、普通どこでも直角になっていると思う。しかし、そこは角が丸い。いわゆるカドというカドがつぶしてある。

井上さん曰く、「人が作るものは直線が多いから、都会は直線ばかり。一方、自然界には直線はない。だからなるべく直線をなくしてるんですよ」と。


井上さんと打ち合わせしたその会議室。ここでミーティングをすれば、アウトプットも変わってくると思う。

この原稿を書いている今は2021年1月7日。1都3県に緊急事態宣言が再び出るところである。コロナ禍の昨今、ビジネス界でたくさん聞く言葉に、DX、デジタルトランスフォーメーションがある。その必要性は肌身でわかっている。去年会社を作った僕の前には、銀行の法人口座や役所の手続きなどで、なんでまだこうなの!?というアナログがたくさん立ちはだかった。たくさん時間を取られ、幾度となくイライラした。だから、これは絶対急務だと思う。

一方、効率とスピードばかりを求める(なのに効率もスピードも上がっていない)日本のビジネス界の行き詰まりもたくさん見てきている。事務的な部分のDXはいいのだが、発想の部分までもデジタルで効率的で直線的なことばかりを追い求めてはいけない。なのに、世の中がそっちに向かっているように感じるのは僕だけではなかろう。

非連続な発想は、直線からは生まれない。創造には、アナログが要る。デジタルにはない、人間の感覚や感性でのみキャッチできる、豊かなインプットが必要である。だから、新しい発想ができず、DXに叫び疲れた後は、アナログトランスフォーメーションの必要性が叫ばれるだろう、と、ここで予言しておく。「通称AX」とか呼ばれるのかな?

そこで今、皆さんへの提案は。

近くの花屋に行こう。そこでバラを一輪買おう。そして、この籠らなくてはいけない期間のうちに、家でやってみてほしい。「バラを分解するワークショップ」を。

見過ごしていたものが見えるようになる。当たり前のことが当たり前じゃないと改めて気付く。今に、ぴったりだと思う。

バラの分解で僕が感じたことは、今まで書いてきたようなことだが、それぞれの方で気付くことはまたたぶん、多種多様に違うと思う。バラの花びらが1枚1枚、色も大きさも、全然違うように。

たった百円ちょっとで、家で一人でできる、感性を磨くレッスン。ぜひ、お試しあれ。

倉成英俊 (Creative Project Base 代表取締役/ アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所所長)
倉成英俊 (Creative Project Base 代表取締役/ アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所所長)

2000年電通入社、クリエーティブ局配属後、多数の広告を制作。2005年に電通のCSR活動「広告小学校」設立に関わった頃から教育に携わり、数々の学校で講師を務めながら好奇心と発想力を育む「変な宿題」を構想する。2014年、電通社員の“B面”を生かしたオルタナティブアプローチを行う社内組織「電通Bチーム」を設立。2015年に教育事業として「アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」を10人の社員と開始。以後、独自プログラムで100以上の授業や企業研修を実施。2020年「変な宿題」がグッドデザイン賞、肥前の藩校を復活させた「弘道館2」がキッズデザイン賞を受賞。

倉成英俊 (Creative Project Base 代表取締役/ アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所所長)

2000年電通入社、クリエーティブ局配属後、多数の広告を制作。2005年に電通のCSR活動「広告小学校」設立に関わった頃から教育に携わり、数々の学校で講師を務めながら好奇心と発想力を育む「変な宿題」を構想する。2014年、電通社員の“B面”を生かしたオルタナティブアプローチを行う社内組織「電通Bチーム」を設立。2015年に教育事業として「アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」を10人の社員と開始。以後、独自プログラムで100以上の授業や企業研修を実施。2020年「変な宿題」がグッドデザイン賞、肥前の藩校を復活させた「弘道館2」がキッズデザイン賞を受賞。

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