つくられすぎていない姿で企業メッセージともリンク
この、広さを感じさせる野外で自然を舞台にしてスピーチをする時に最も重要なことは、自分を大きくゆったりと見せること。そして存在に立体感を出すことだ。
この日のマーク氏は、黒のジャケットの下に黒のシャツ、そして黒のパンツと赤い靴紐のついた白のスニーカーを身に付けていた。公園の奥から広い場所まで歩いて登場すると、話している間中、両手を大きく広げたり、立ち位置を左右に少しずつ変えたりと、1箇所にとどまることはなかった。しかし、慌ただしさを一切感じさせることもなく、動き続けていた。
両手を大きく広げることで、自分の個の体を最大限の大きさに見せ、さらに、不自然でないレベルに左右に動くことで、自分の体を軸とした存在を拡張する効果。彼の大きな体によるアクティブさを感じさせることにも成功していた。
マーク氏の一連の体の動きを見ながら思ったのは、この場では教科書通りのスピーチ技術も、プレゼン用に仕込まれた身振り手振りもまったく通用しないだろうということ。その証拠に、彼のの身振り手振りはピシッと形が揃ったものではなかった。しかし、つくられすぎていない個の姿が現れており、企業メッセージともリンクして、自由な動きと思想がさらに際立っていた。そして、何より大事な「人に伝えよう」という熱量を感じた。だからこそ伝わるのだ。
喋り方のスピードもちょうど良く、声の高低・強弱で話にアクセントをつけるのも非常にうまい。また、センテンスの区切れ目が非常に明確だった。なぜなら、話が終わる部分で、それまで動いていた体の動きも一旦止めるからだ。したがって、話がずるずる流れてしまうこともない。しかも、これらがすべてとてもリズミカルに行われているため、話をどんどん聞いていくことができるのだ。
また、聞き手を引き込むことが非常にうまい。筆者はメディアトレーニングの際に「目の前の記者に向かって喋るのではなく、TVカメラの向こうにいる沢山の視聴者や聴衆に向かって喋りましょう」と指導をするのだが、まさにそれが完璧だった。聞き手に訴えかけたいとき「You(あなた)」という部分で視聴者に向けて指を差す動きもキレが良い。
声、ジェスチャー・体全体の動き、動く範囲などのすべてが話に表情をつけ、立体的にし、存在感を高めていたのだ。
装いに関しては、ビジネスカジュアルよりもさらに快適さのある、スマートカジュアル・スタイル。この全身黒の服にスニーカーと言う出で立ちは「大都会の公園」という背景にうまく馴染んでいた。記憶に鮮明に残る服装とは対極で、背景から浮かないからこそ、「彼がどのような感じだったか?」「何を話したか?」を際立たせるフレームとしてうまく機能していたのだ。
本当に伝わるメッセージの真髄とは何か
近年、スピーチをするためのステージや背景の設定、テクノロジーを使った演出は目覚ましい進化をしてきた。それによって、話す本人の力量はそれほどではないにも関わらず、スピーチのクオリティが高くなったかのように見えていた例も多々ある。
しかし、このコロナ禍で行われたこのドリームフォースでのマーク氏のキーノートスピーチは秀逸だった。三密を完全回避して皆にとって安全に行う社会的責任を明快に示しながら、技術を使いつつもシンプルなスピーチを実現させていた。本当に伝わるメッセージの真髄とは何かを考えさせてくれたのだ。
彼のようなスピーチは一朝一夕でできるものではない、しかし、ここに人に熱量が伝わるスピーチのヒントが十分隠されている。
世界中でまだまだ続くリモートでのビジネス。2021年もオンラインで開催されるカンファレンスが多いことだろう。従来の方法が通用しなくなり、様々な制限もあるが、色々なことを一旦リセットしてシンプルな“本当のスピーチ”と、自分なりのスタイルについて考えてみる良い機会なのではないだろうか。