ディスカッション概要
テーマ:マーケターはイノベーション(新価値創造/新事業開発)の夢を見るか?
○チームリーダー
■早川 剛司氏 東京個別指導学院 マーケティング部 部長
■藤本 宏樹氏 住友生命保険 執行役員 兼 新規ビジネス企画部長
チームメンバー
■長田 新子氏 一般社団法人 渋谷未来デザイン 理事・事務局次長
■津田 匡保氏 ファンベースカンパニー 代表取締役社長/CEO
■富永 朋信氏 プリファードネットワークス 執行役員 最高マーケティング責任者
■関口 憲義氏 ボルボ・カー・ジャパン マーケティング部 シニアディレクター
※所属組織、職名は2020年11月14日当時のものです。
いかにして二項対立を乗り超えるか?マーケターそれぞれの実践論
顧客に向き合い、新しい顧客の開発にも関わるマーケティングの仕事はときに、新事業の開発にも及びます。では、新事業開発においてマーケターだからこそ発揮できる価値はあるのでしょううか。マーケティング戦略だけでなく、新事業開発の立ち上げにも携わってきた4名のマーケターがその方法論を披露します。
藤本:私たちのチームではマーケターと事業開発をテーマに議論を続けてきました。なぜこのテーマを選んだかというと、私はマーケターこそが社内にイノベーションを起こせる存在ではないか、と考えていたからです。私自身、マーケティングの仕事の経験を経て、現在はオープンイノベーション担当として新規事業開発に取り組むなかで、日々感じていることです。
早川:私もコロナ禍において、マーケティングの責任者だけでなく、新規事業のリーディングも担当することになり、藤本さんと同じ関心を抱いていました。では、具体的にマーケターによる事業開発はどのように行っていけばよいのか。マーケティング界のレジェンドと言えるような実績を持った4人に、実践に基づく方法論を聞いていこうというのが本日のセッションの主旨です。
藤本:津田さんはネスレ日本時代に「ネスカフェ アンバサダー」を、関口さんはボルボ・カー・ジャパンで、サブスクモデルの新サービス「スマボ」を立ち上げた経験をお持ちですし、長田さんは現在、渋谷未来デザインで渋谷区公認「バーチャル渋谷」の企画をリードしています。富永さんはマーケターとしての実績もさることながら、飲料メーカー時代に携帯電話と連携させる新しいベンディングマシーンの開発に携わったこともあるそうで、そのあたりの経験をもとに皆さんの事業開発のハウトゥを伺っていく予定です。
早川:皆さんの事業開発の方法論をシートにまとめています。「課題と可能性の2軸で考える」というのは長田さんの意見ですね。
長田:渋谷未来デザインではKDDIや渋谷区観光協会などと、5Gエンターテイメントプロジェクトを立ち上げ、渋谷区公認の「バーチャル渋谷」という企画を実施しています。
コロナ禍で、渋谷に人が来られないのであれば、仮想空間で街を楽しんでいただこうという狙いです。現在だとコロナ禍という課題もありますが、例えば例年、渋谷はハロウィーンの時期に人が集まりすぎるという問題も抱えていました。つまり「バーチャル渋谷」は、渋谷が抱える課題を見据えることで、そこに課題を解決しながら、さらに参加する人がワクワクドキドキする新事業もつくれるのではないか、という考えから生まれています。これが、私が提示した「課題と可能性の2軸で考える」の意味です。
藤本:よく優秀なクリエイターの方が、制約があった方がクリエイティブジャンプできるといいますよね。それに近い話のような気がしました。
関口:壁があるからこそ、ブレイクスルーを起こせると言えそうです。
津田:バーチャル体験にせざるを得ない環境というのは、ある種の危機ですが、危機の時こそ新しいイノベーションが生まれる好例ですね。
藤本:次に富永さんの「二項対立を超える」というテーマについて、話を聞かせてください。
富永:今日は、これまで自分が担当した仕事のなかで最も、イノベーティブだったなと思う事例をもとにお話したいと思います。
私は2000年頃に日本コカ・コーラに入社。その時、最初に担当したのがNTTドコモさんと組んだ新しい自動販売機の開発でした。全く企業文化の異なる人たちと議論を重ねる毎日で、プロジェクトも難航。
そんな折、当時のボスがやってきて「プロジェクトがうまく進んでいないようですね。ところで富永さんは、ドコモの方たちの靴は舐めましたか?」と言ったのです。この言葉を聞いて自分は自社の都合ばかり主張していて、相手の意見をきちんと聞いていなかったと反省しました。
イノベーションを起こすにはアイデアが必要ですが、新しいアイデアは弁証法から生まれる。異なるコンセプトがぶつかって、それをひとつにまとめていこうとする過程で、これまでにないアイデアが生まれる。それならば異なる意見を持った人が集まれば、新しいアイデアが形になるのかといえば、そう簡単な話でもない。多様性を重視すると、意見の衝突が起きやすい大企業の場合、仲裁役が必要になるんです。そして、その立場を担う人は、自分の会社における立場ではなく、目的。つまりは良いマーケティングをつくって、ビジネスの成果を上げることに固執することが必要ですよね。
藤本:富永さんの話、耳が痛いです。大企業あるあるで…。
関口:リーダーとなる人が多様性を許容するカルチャーを醸成することも必要でしょう。その上で、多様性を強引につくるというのもひとつの手ですよね。私は「異化効果」という言葉を上げました。「異化」の反対語は「自動化」、つまり思い込みを打破して、異なるものを組み合わせてしまうことが大事なのではないか、と。富永さんの「二項対立を超える」は、アウフヘーベンですよね、メタな方に行く。僕の場合はベタな方に行く(笑)。それによって二項対立を超えるというのが、僕のやり方だな、と思いました。
藤本:アウフヘーベンとベタ化という言葉が出てきましたが、ビジネスにおける二項対立の最たるものが「顧客と企業」だと思うんです。津田さんは、顧客との共創を実現した「ネスカフェ アンバサダー」を立ち上げ、さらに今ファンベースマーケティングという新たな考えを提示している。顧客との対立構造をどう乗り越えて、新しい企画を形にしてきたのですか。
津田:「ネスカフェ アンバサダー」についてはネスレ日本が、常に顧客にとっての課題解決を考えることを重視することもあり、お客さまに意見を聞きながら、さらにお客さまにも参加をしてもらってサービスをつくりあげていくということができた、とは思います。
僕がよく質問されるのが、「たくさんのお客さまの意見を聞いたら、混乱して意思決定できなくなるのでは?」ということ。これについては、すべてのお客さまの声を一律に聞くのではなく、ファンの人たちの意見を聞くことが大事ではないかと思います。
実際に熱量の高いファンの方たちと接するとわかるのですが、真剣に考えているファンの意見には説得力とヒントがあります。加えてマーケターの側も、多様な意見に耳を傾けながらも、自分のなかには明確なビジョンが必要です。マーケターが強いビジョンと情熱で人と動いていくなかで、顧客との共創も生まれるのではないかと考えています。
藤本:よくイノベーションに必要なのは、「よそ者、若者、バカ者」と言います。マーケターという人たちは「よそ者、若者、バカ者」の3者をうまく巻き込みながら、また自分自身も様々な役割を演じながら、アイデアを形にしていける人たちなのではないか、と感じました。
早川:自分自身の現在の業務に関係するテーマで、私もいろいろな学びを得られました。それぞれの方によって事業開発の方法論は違えども、そこで生かされるマーケターとしてのスキルには共通点があったと思います。