では、どうやってそれを実践しているのか、どうやったら自分の生み出すアイデアに活用できるのか。宣伝会議の新講座「カンヌライオンズなどのグローバル・アワードから学ぶ企画力養成講座」で講師を務める電通の佐々木康晴氏が明かす「アワードの使いかた」とは。
誰でも享受できて一番大事なアワードの価値
かつては、世界各地でリアル広告祭というものが行われていたそうだ。そこでは世界中の国々からクリエイターやマーケターがリアル(!)に集まって、面白くないものにはブーイングをし、良いものをみんなで讃えながら、夜な夜なパーティ(!!)が開かれていたらしい。授賞式というものでは、壇上でトロフィーという物体を消毒もしていない手で渡したあと、マスクもせずみんなが密に「ハグ」という体を抱きしめあう行為(!!!)をする光景が見られたという…。
と、たった1年で、かつての広告祭が幻に思えてしまうくらいの変化が起きていますね。2020〜2021年は、多くの広告系アワードが中止、またはデジタル上のみで開催されています。数年後、この記事をもういちど検索で見つけたときに「そんな年もあったなー」と笑い飛ばせるようになることを祈りつつ。さて、そんな時代ですが、アワードの使いかた、についてのお話をさせてください。
アワードは何のためにあるのでしょうか。日本と海外ではその意味合いは随分違うのですが、(1)見る価値(2)審査する価値(3)ネットワーキングする価値(4)獲る価値、などがあるかと思います。僕自身はこの(1)〜(4)の順に価値が高いと思っています。
逆順に(4)からいえば、獲れたらそりゃうれしい。世界の異なる視点でも自分たちのアイデアが良いと思われた、という証拠としてうれしい。でもそれくらい。受賞で給料が倍になったりはしない(海外ではそういうこともあります)。(3)は楽しい。世界で同じくアイデア創造の仕事をしている仲間と出会い話すことには、すばらしい視座拡張の機会があります。でも僕はパーティが苦手で、たぶん他の人の1/100くらいしかその機会は活かせていない。
そして(2)はとても良い経験になります。さまざまな制作物の良さをとことん議論し、俯瞰して眺め、まだ誰も見つけていない大きな傾向を「明文化」しなければいけない。大変だけど、これをやることで、学びがものすごく得られます。機会があればぜひ審査を経験してほしいと思いますが、その人数は少なく、なかなかチャンスが得にくいものです。
ですので、誰でもできていちばん大事なのは、やっぱり(1)見る価値、だと思います。世界の素晴らしいアイデアとそのエグゼキューションを、受賞というフィルター付きで一気に吸収できる稀有な機会。ここでは、この「見る」を自分の企画に活かすコツ的なものをちょっとだけ、紹介したいと思います。
脳の中に事例データベースをつくる
アワードのグランプリや金賞を獲る制作物は、やはり大きく抜きん出ています。悔しい。どうして自分が思いつけなかったのか。そう感じるものばかりです。
でもすでに「やられてしまった」ものは、真似をするわけにもいきません。アワードでは、有名な制作物を単品で分析するだけではあまり意味がないかもと思います。大事なのは、その年の受賞作を網羅的に見ること。それらを細かいパーツに分解すること、そして俯瞰すること、です。
一つひとつの受賞制作物に、何でも良いのですが、自分なりのものさしで切り込みをいれていきます。例えば、課題の設定方法、インサイトの切り出し方、アイデアのジャンプポイント、アウトプットの品質を上げるための工夫、アイデアを社会にインストールさせる方法、などなど。
たくさんの受賞物に対して、同じ切り口で見ていき、それを横に並べていろんな角度から俯瞰するのです。並べるといっても、実際に表にする必要はありません。脳の中で横に並べるのです。すなわち脳の中に、「切り込み」が入った状態の事例データベースをつくるのです。
データベースなので、数が多ければ多いほど良いです。そして、できれば、良いものだけでなく、ダメなものも見ていくべきだと思います。「この事例は、実施のクオリティはいいが、課題設定がダメだ」みたいなことも、大きな学び、データベースの大事なデータになります。
実はアワードの審査員は、この「ダメな事例」を見ることができるという意味でも良い経験になります。受賞作は良いものだけが並びますが、審査では、すごそうに見せかけて全然ダメな事例もたくさん並ぶので、目と脳が鍛えられるのです。
切り込みによって生まれる新たなアイデア
この脳内データベースができさえすれば、企画はずいぶん楽になると思います。オリエンをもらったあと、その課題やインサイトを整理していくと、脳の中にある事例の、切り込みを入れておいたパーツが勝手につながり、いい案が出やすくなり、ダメな案がフィルターされていく、というわけです。
もちろん、過去の事例を真似する、ということではまったくありません。事例のパーツが勝手につながって、誰もやっていない新しいアイデアが生まれてくるはず。人間の脳のすばらしいところです。
データベースは、ひとつのアワード、1年だけ、では不十分で、さまざまな種類のアワードを、3年、5年、10年と重ねていくことに意味があります。すると、俯瞰度が高まり、大きな傾向、次に向かうべき方向、も少し見えてきます。著名クリエイターの皆さまはこれを意識せずにやっているケースが多いと感じます。
もっとラクな発想法を教えてもらえるかと思った、とおっしゃる方もいるかもしれませんが、たぶんそんな便利な方法なんてないのだと思います。アワードという場をうまく使って、脳にたくさんのデータをぶち込み、そこからアイデアが発酵しやすくなるように、事例に切り込みをたくさんいれておく。それだけですが、これってすなわちAIのディープラーニングと同じこと(というか、それ以上のこと)です。
アワードがリアルでもヴァーチャルでも、脳内データベースを増やし、「単にマーケティング効率を上げるだけでなく、社会も動かしてやるぞ」と視座高く仕事をするために、僕はこれからもアワードに参加し続けたいと思っています。
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佐々木康晴
電通 執行役員
デジタル・クリエーティブ・センター長
大学院にて情報科学を学んだ後、1995年電通入社。コピーライター、インタラクティブ・ディレクター、電通アメリカECD、第4CRプランニング局長等を経て現職。カンヌ金賞の他、D&ADイエローペンシル、CLIOグランプリ、One Show金賞などを受賞。2019年カンヌCreative Data Lions審査委員長、2020年D&AD Digital部門審査委員長、2021年Spikes Asia Digital部門審査委員長。日本でいちばんヘタで過激なカヌーイスト集団「転覆隊」隊員。