社会になくてもよいモノを売る 元ブランドマネージャーの葛藤

売ることに葛藤もあった~ニッチなジャンルのブランドマネージャーになって~

「私の仕事は誰の役にも立ってない…」。
入社してからずっとたばこのマーケティングに携わる私が、毎日のようにぶち当たる壁でした。
たばこという商品はその特性上、ポジティブな反響を得られることは多くはありません。広告・マーケティングという分野においても、群を抜いて制約が多い業界です。

できる施策に限りがあり、どんな案を練ってみても、「いやそれは〇〇だからできないよ」の返答ばかり。
想像の斜め上を行く厳しさに、「自分の仕事は、誰かの役に立っているのか」「誰かに価値を提供できているのだろうか」と悩み、商材自体が社会に必要じゃないのではないか、と思う毎日でした。

そんな中、私が最初に担当したブランドが「ZERO STYLE SNUS(スヌース)」でした。「SNUS」はたばこジャンルのひとつで、唇と歯の間にはさんで使う「かぎたばこ」の一種。火を使わず、においや煙がないのが特徴なので、たばこが吸いづらい環境でも重宝するたばことして北欧を中心に広がっています。喫煙規制やたばこに対する風当たりが強まる中で日本でも周囲の人へ配慮ができ、喫煙場所に困っている喫煙者の不便を解消する商品として2015年に発売されましたが、課題だったのは日本での認知度がまだまだ低かったことでした。

最初にこの商品を担当したとき、「これは画期的だ!これならたばこに対して悩みをもつ喫煙者にも喜ばれるし、喫煙者を取り巻く周囲の環境を踏まえてもこっちに変えたら売れそう。だから訴求ポイントはストレートに“機能”で推していこう」と私は考えました。

喫煙でしばしば問題となる「におい」「煙」の課題を解決できる商品、という「機能的価値」を全面的に打ち出すことで、お客さまの支持を獲得しようとしたのです。具体的には喫煙場所に不便を感じやすい空港や移動中の喫煙不便を感じるサービスエリア、パーキングエリアなどでの露出確保、さらにはサンプリングなどを仕掛けてみました。しかし、商品認知がない中で実施した商品調査や街頭調査では「こんな商品知らない」「かっこわるい」「普通のたばこでいい」などの散々なフィードバックの嵐。かといって新しい広告・プロモーションを実行しようとするとNGを食らう。いつしか「商品が悪い、たばこ商材だから何もできない」と環境や商材のせいにして、何もする気がなくなっていったこともありました。

プライベートでも、JTで「SNUS」のマーケティングをしていると名乗ると「“たばこ”ד知らないブランド名”」ということも相まって、「あぁ、、、」とか「知らない、、、」というリアクション。

「なぜ私がこんなマイナーな商品を担当しないといけないんだ!もっと華やかで周りから評価されるブランドをやらせてほしい」、と青二才の自己承認欲求にあふれる年ごろということもありそんなことを思う日々を送っていました。

黒髪氏がブランドマネージャーを担当していた「ZERO STYLE SNUS(スヌース)」。

生活必需品ではないのが嗜好品、存在価値はどこで見いだすのか?

悶々と悩む日々が続く中、ある日、学生時代から好きな昔ながらの喫茶店に通っていたことを思い出しました。
ソファに染み付いたたばことコーヒーの香りに包まれた空間。そこで飲むコーヒーとたばこは格別です。心を整えたいとき、頭の整理をしたいときは必ずそこに行っていました。

なぜ私はこの場所を好み通い続けていたのでしょう。「コーヒーがうまいから」「たばこが吸えるから」というのは明確な理由ですが、仮にそれがなかったとしても「なんとなく好きで落ち着く(=愛着がある)」から通っていたのだと改めて気づいたのです。これはたばこに置き換えても同じではないか?と思い、ふと原点に立ち返って「たばこ(嗜好品)の価値ってなんだろう」と考えてみました。

嗜好品といってまず思い当たるものとしては、たばこ、コーヒー、お酒などがあげられるでしょうか。その中で私が思う嗜好品とは、「生きていく上で必ず必要なもの」ではないが、その一方で「生きていく上で誰かの人生、感性を豊かにするもの」です。明確に使用する動機はなくとも、「なんとなく」生活の近くにあり、日々を豊かにする存在であるものだと思っています。

たばこにおいては、はじめは憧れている人の真似、人と違うことをやることのかっこよさ、たばこのパッケージデザインに惹かれて買う、そういう理由でたばこを吸う人が多いはずです。その「嗜好品を利用する理由」や「嗜好品の役割」を考えたとき、なぜか惹かれて興味をそそられる「情緒」と冒頭で述べた嗜好品の「好きな人がいれば嫌いな人がいる」という特性に、たばこのマーケティングのヒントがあると考えました(ここの詳細は次回のコラムでお話します)。この発見は、自分自身がマーケティング活動をする上でも立ち返るべき大切な原点であると感じています。

次ページ 「社会になくてもよいモノを売るために、私が実践したこと」へ続く

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