コロナ禍を機によからぬ習慣と決別
—新型コロナ感染拡大以降、広告界にも様々な変化が起きています。この1年で新しい時代の空気を取り入れ、印象に残る広告を発信した国内外の事例を挙げていただけますか。
木村:海外の事例ですごくいいなと思ったのが、業界やブランド横断で社会課題に向き合う事例ですね。スペインの「#fuerzabar(Keep Bar Strong)」は、ビールメーカーであるアムステルビールとクルスカンポ、ハイネケンが協働したバー救済のための事前チケット販売キャンペーンです。それぞれのブランドロゴをつなぎ合わせた「We are family」というキャンペーンロゴも制作されました。
もうひとつが、インドのハンドソープメーカー、ライフブイ(Lifebuoy)による「どんなブランドでもいいからハンドソープを使って手を洗おう」というキャンペーン。競合ブランドも賛同して大きなムーブメントになりました。
国内でも、ベネッセが休校になった子どもたちのために「きょうの時間割」というオンライン教室を始め、有名人たちがボランティア講師として集まりました。2014年に開設されたインターハイの全競技をネット中継する「インハイ.tv」と同じ構造です。「子どもたちに授業を受けさせたい」、「選手を応援したい」というみんなが共感できる志があって、場所があって、賛同者が集まって協力するというスキームが特徴だと思います。
コロナ以前のノーマルについて考えるきっかけを与えたのがイギリスの避妊具ブランド、デュレックスの「LET’S NOT GO BACK TO NORMAL(日常に戻るな)」でしょう。屋外広告を通じて「1日あたり100万人が、かかる必要のない性感染症になる、そんな日常には戻るな」、「女性がコンドームを持つのを恥ずかしがらなければいけない、そんな日常には戻るな」などのメッセージを発信しました。よからぬ習慣とはコロナ禍を機に決別しようという、時代を捉えた素晴らしいメッセージです。こういった流れはコロナ下だからこそ起き得たと思います。
原野:僕はナイキのキャンペーン「You Can’t Stop Us」ですね。2020年は、Black Lives Matter、COVID-19など「分断」がテーマの年になりました。ナイキは画面分割というシンプルなアートディレクションで「分断を乗り越えよう」というメッセージをフィルムにしています。
4000本の素材から900通りの組み合わせを試し、さらに新規撮影も加えたという想像の斜め上をいくフィルムディレクションには本当にやられたと思ったし、さすがWieden+Kennedyだなと。僕は今年、カンヌのフィルム部門で審査員を務める予定ですが、おそらくこれがグランプリではないかと勝手に予想しています。
炎上前提で問題提起したナイキ
—ナイキは、日本における人種差別を取り上げた動画「動かし続ける。自分を。未来を。」も話題となりました。あの作品はどう受け取られましたか。
原野:タブーとみなされてきたテーマに覚悟を持って向き合うナイキらしい広告だと思いました。あの作品は、炎上させる前提でつくっていると思います。大火事にすることで、「ここに問題があるぞ」と広めようとしたのがかっこいい。おそらくネガティブなコメントもたくさんつくけれど、それを見せることもひとつの目的だったと思います。
佐々木:確かに日本ではナイキにしかできないことかもしれませんね。「問題に蓋をして語らず」という風潮が強い中でつくるのは非常に勇気があるなと。ただ、悲しい歴史が積み重なった難しい問題じゃないですか。映像の問題提起だけでは解決できない問題だからこそ、とことんやる覚悟は必要になりますよね。
原野:ナイキはアメリカでもずっと闘ってきた実績がありますからね。違う会社が突然あれをやると、「問題を広告に利用した」と言われる可能性がある。
木村:誰が言うか、というのが大事ですよね。
原野:そうですね。