コミュニティの全員が共有できる根本原理は何か
—コロナ下で秀逸なクリエイティブが多数生まれる一方、行き過ぎた表現で炎上する事例もありました。コロナ下での広告制作において、リスクマネジメントとして注意している点があれば教えてください。
佐々木:当たり前ですが、配慮が足りない部分があるから炎上するわけです。ただ、炎上しないように無難なことを言っても誰も反応しません。「リスクを取る」という意味を履き違えてはいけないけれど、その企業にしかできない正しいギリギリのところで行動する意味は、クリエイティブとして提案し続ける必要があると思います。言うべきことを言うのと、差別発言で炎上するのとでは意味が違いますから。
もちろん、クリエイティブの責任として様々な角度からチェックして世に出す体制も整えています。日本はどうしても叩かれないことが基準になるけれど、それで数年後もついてくるユーザーがいるのかという視点でも考えないといけませんよね。
木村:欧米では、ダイバーシティにどう配慮しながらコミュニケーション活動、ひいては企業活動をするかという議論がかなり進んでいて。起こり得るすべてのリスクシミュレーションと対応策が、企業のウェブサイトや広告表現に至るまで細かくマニュアル化されています。
欧米は「分かり合えない」という前提で考えていくけれど、日本はカバーすべき相手が広がっても「相手の気持ちを考える」という根本原則さえ外さなければ大丈夫だと信じている。その違いはありますが、日本は日本のやり方でいいと思います。カバーする人たちの範囲を狭めないように気をつけることが大事なので。
原野:結局、広告はどこまでいっても世論の上で成り立つもの。その世論が急速に変わってきていることを認めないと、炎上を恐れて口を塞ぎ、面白おかしい広告だけをやり続ける企業になってしまう。そこはやっぱり消費者をよく見ないと。
佐々木:みんなを元気にするつもりでやっているのか、単に炎上が怖くて関係ない笑いに走っているのか、は問われていると思います。
原野:「正しさ」というのは難しい問題だけれど、企業側はたとえ炎上しても胸を張れるようにするにはどうすればいいか、を考える必要がありますよね。そのコアにあるのが人権。女性差別や LGBT、年齢など、炎上するテーマのほとんどは基本的人権にまつわるものです。
人権は“思想”や“考え方”ではなく、歴史の中で到達した“法律”なので、広告制作をするうえでもひとつの拠り所になります。30条しかない世界人権宣言を読むだけでも気をつけるべきことが見えてきますよ。とはいえ抽象的な部分もあるので、木村さんがおっしゃったようにマニュアル化するのもひとつの方法だと思います。
木村:確かに日本は、海外では常識的な「やってはいけないこと」について不勉強すぎるところがあります。一番大切なのは、コミュニティの全員が共有できる根本原理が何に立脚しているのかということ。そのために人権宣言や憲法があるというのは納得できるし、新しくていい指摘ですね。
既存のつながり方をリセットし、デザインし直すつもりで
—最後に、変化も含めた広告界のこれからについて、みなさんのお考え伺えますか。
原野:変化というのは本来、クリエイティブの世界ではチャンスですよね。例えば、今年2月に「明治プロビオヨーグルトR-1」(明治)が渋谷駅前で「墾田永年私財法」など“受験生あるある”の屋外広告を展開しました。コロナ下で通行人は減ったけれど、あの場所はニュース映像で映りやすいんです。結果として、画面に映り込んだコピーが強烈なインパクトを与えるというハック的な使い方ができた。そう考えると可能性は広がるし、ポジティブに捉えた方がいい気がします。
木村:今、重要なのは予測不能という事実だと思います。2年後、3年後にようやく正解が分かるぐらいの気持ちでやらないといけない。「すべては実験である」という謙虚さを持ちながら、たとえ失敗しても、そのうちのいくつかは新しいクリエイティブの芽として、将来ブランドを引っ張っていくと信じてチャレンジしていかないと。
佐々木:この1年で本当に人の動きが変わったというか、今までとは違うつながり方が生まれましたよね。広告界もマスメディアを見て行動するとか、ネットでバズらせるといった既存のつながり方をリセットし、デザインし直すつもりで動いてもいいと思います。
Clubhouseも含めてすでに人が集まっている場所でクリエイティブが踊るのではなく、自分たちで新しいつながりや場所をつくるいいチャンスではないでしょうか。そのぐらい前向きに変化を楽しまなきゃという感じですね。
佐々木康晴(ささき・やすはる)
電通 執行役員
デジタル・クリエーティブ・センター長
大学院にて情報科学を学んだ後、1995年電通入社。コピーライター、インタラクティブ・ディレクター、電通アメリカECD、第4CRプランニング局長等を経て現職。カンヌ金賞の他、D&ADイエローペンシル、CLIOグランプリ、One Show金賞などを受賞。2019年カンヌCreative Data Lions審査委員長、2020年D&AD Digital部門審査委員長、2021年Spikes Asia Digital部門審査委員長。日本でいちばんヘタで過激なカヌーイスト集団「転覆隊」隊員。
木村健太郎(きむら・けんたろう)
博報堂ケトル ファウンダー/ECD
博報堂 グローバル統合ソリューション局長
博報堂インターナショナル チーフクリエイティブオフィサー
バッグパッカー世界一周の後、一橋大学商学部を卒業。博報堂に入社し、いち早く戦略、クリエイティブ、デジタル、PRの国境を超えて統合的に課題解決をするスタイルを確立。2006年博報堂ケトルを設立。共同CEOとして「手口ニュートラル」をコンセプトに革新的な広告キャンペーンを多数開発する。カンヌ、D&AD、One Show、ACCなど、国内外の多数の広告賞を受賞し、国際賞の審査員経験や海外での講演も多数。2017年からは博報堂の海外ネットワークのクリエイターとプランナーを統括する役職を兼務し、ECD、局長、 CCOと3束のわらじを履いて年間100日以上海外を飛び回る生活をしてきた。ADWEEKの世界のクリエイティブ100に選出。共著に「ブレイクスルー ひらめきはロジックから生まれる」。2021年秋に行われるロンドン国際広告際のフィルム部門の審査委員長に内定している。
原野守弘(はらの・もりひろ)
もり 代表
電通、ドリル、PARTYを経て、2012年11月、もりを設立、代表に就任。「NTTドコモ: 森の木琴」「OK Go: I Won’t Let You Down」「Honda. Great Journey.」「POLA リクルートフォーラム」「日本は、義理チョコをやめよう。GODIVA」などを手がける。2021年1月、『ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門』(クロスメディア・パブリッシング)を上梓。
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