なお「アドタイ」の読者の中には、データを扱うビジネスをしていたり、顧客とのコミュニケーションのプラットフォームとしてLINEを活用している方もいると思いますが、本稿では、今回の情報管理の問題がそれらのどのような影響を及ぼすのかという観点は脇に置き、トップの記者会見という観点に絞った内容です。
メッセージアプリ「LINE」で、ユーザーの個人情報が開発業務を委託していた中国企業からアクセスできる状態だったことが発覚。3月17日の報道を受け、LINEは「外部からの不正アクセスや情報漏えいは発生していない」としつつ「説明が十分でなかった」として謝罪した。行政機関等が相次いでLINE利用を停止するなか、6日後の3月23日、同社の出澤剛代表取締役CEOが「個人情報管理などの方針を説明する記者会見」を行った。
筆者は出澤社長が副社長時代、株式上場後の大企業トップとしての会見、そしてZホールディングスとの経営統合会見と、過去3回に渡って会見取材を重ねてきた。
今回の会見のポイントは、3つある。
1つ目は「スピード」。
危機対応で、このようにアドバイスする専門家もいる。「危機対応では慎重な対応が必要だ。じっくり時間をかけて、情報を集めてから行うべきだ」だが筆者はこの意見に反対だ。多くの場合、不祥事で大事なことは「スピード」である。人は感情で動く。時間が経過すればするほど不安感は大きくなる。加えて今回の危機は一過性ではない。企業としての早急な対応が求められる案件だ。問題を放置するとSNSなどで炎上が拡大し、ダメージがさらに深くなる。
今回最大の課題は、これ以上のユーザー離脱を食い止め、さらに失われた信用を回復することだった。既に政府や行政機関、自治体が次々とLINEの使用中止を決めている。加えて自治体向けコロナワクチン予約システムも運用を開始している。まさに正念場だった。
会見では、中国からの完全アクセス遮断の完了、さらに中国での開発・保守・運用業務終了、韓国のデータセンター上にあるトークデータの2021年6月までの国内移転、およびタイムラインの段階的移転予定が発表された。問題発覚から会見まで6日間かかったが、問題の原因を把握した上で意志決定し、さらに必要な対策を高じた上で記者会見を行った点については、広報視点では評価できると考える。ここでカギとなるのが意志決定だ。意思決定はトップしかできない。
2つ目は「誠実さ」。
誠実さを忘れ、その場しのぎで誤魔化したり器用に逃げ切ろうとすれば、それは意識的にせよ無意識にせよ聴き手に伝わる。リーダーのメッセージへの信頼感は大きく落ち、最終的には企業の業績にも繋がる。今回の会見では厳しい質問が相次いだが、出澤社長は落ち着いて誠実に説明する姿勢を終始貫いた。
あるメディアから「中国が国家によるデータ取得を強める法改正を進めてきたことへのリスクは考慮したのか?ユーザーへの配慮や情報収集への認識が不足していたのでは?」という鋭い論調の質問があったときのこと。常にポーカーフェイスの出澤社長が伏し目がちになり、「潮目の変化を見落としていた。情報収集不足で利用者への配慮が足りなかった」と絞り出すような声で答えていた。
不祥事会見では、記者に追い詰められたトップが「自分は知らなかった…」という見苦しい対応を見ることが少なからずある。しかし今回の会見では、ノンバーバルなコミュニケーションを通じて、問題から逃げずに正対する出澤社長の葛藤が伝わる誠実な応答が印象に残った。危機対応の会見では、トップは攻められる立場になる。そこで前もって「答えられること、答えられないことを明確にしておくこと」が、誠実さを高めることに繋がる。
第三者委員会などに判断を委ねている案件に関しては、「個人情報保護法に関する適法性については、委員会に報告を出しているところなので、我々の判断するところではない」と明確にコメントした点も、落ち着きを感じさせた。
3つ目は「資料の分かりやすさ」。
本会見の資料は、LINEのコーポレートカラーであるグリーンを基調に、シンプルにスマートフォンでも見やすくなっていた。この会見チャートをそのまま使用する速報記事も多く見られた。さらにプレゼンの区切りでサマリーチャートを入れていた。
速報を出したい記者にとって、大量の情報を短時間でまとめるのは難しいことだ。サマリーチャートを作ることで、記者は迅速に理解できる。さらに会社としても、メディア経由でメッセージを消費者へ正確に伝えることができる。危機管理においてはちょっとした誤解が火に油を注ぐ可能性もある。不要な誤解を避ける上でも、ここに一手間をかけることは極めて重要だ。
トップ広報プレゼンコンサルタント
ウォンツアンドバリュー 取締役
永井千佳
桐朋学園大学音楽学部卒業。明治大学大学院MBA修了。経営者の個性や才能を引き出す「トップ・プレゼン・コンサルティング」を開発。経営者やマネージャーを中心に600人以上のプレゼン指導を行っている。また月刊『広報会議』では2014年から経営者の「プレゼン力診断」を毎号連載中。50社を超える企業トップのプレゼンを辛口診断し続けている。NHK、雑誌『AERA』、『プレジデント』、『プレシャス』、各種ラジオ番組などのメディアでも活動が取り上げられている。主な著書に『緊張して話せるのは才能である』(宣伝会議)。
——「トップの言葉と広報の打ち手」について永井氏が解説した記事ほか、「ソーシャルメディアで読み取る社長の発信力」、「トップはコロナ禍で何を語るべきか」などを、『広報会議』2021年4月号「トップの発信 支える広報」特集にて掲載しています。