【前回記事】「なぜ私たちは英語を学ぶのか?~翻訳家・エッセイストの村井理子氏に聴く、英語学習と翻訳の関係~」
「これがゴールではなく、これからがパン職人としてのスタートです。」
大澤秀一さんは、「第7回モンディアル・デュ・パン*」総合優勝直後のインタビューでそうコメントした。パン職人として世界一を示す賞を受賞したにも関わらず「これからがパン職人としてのスタート」と答えたのだ。
この大会で、大澤さんとアシスタントの久保田遥さんは、日本人初となる総合優勝のほか、サンドなどの調理パンを評価するスナッキング部門、飾りパンの芸術性を評価するピアスアーティスティック部門、チームワークを評価するベストアシスタント賞の3部門を受賞した。
筆者は、大会終了後に配信された会場の様子をオンラインで見たのだが、大澤さんの作った、流鏑馬をモチーフにした飾りパンの映像に目が釘付けになった。ウェブ越しの映像なのに、尋常ではない熱量が伝わってきた。騎馬も射手も生きているようにしか見えなかった。
大澤さんの考えるパン職人とはどんな人物なのだろうか。また、大澤さんが見ている「これから」とは、どんな景色なのだろうか。大澤さんという人の作るこれからのパンは、どんな形をしているのだろうか。直接本人に聞きたいと思い連絡を取った。
大澤さんにお会いしたのは2020年8月7日。ベーカリー「Comme´N Tokyo(コム ントウキョウ)」の出店準備で忙しくされていた。
コンクリートでシンプルに作られた店舗入り口から出てきた大澤さんは、パッと見るとアスリートという印象だった。アンブロの黒いTシャツ。首に巻いた赤いタオル。日焼けした顔。筋肉質な体型。きちっと丸く切り揃えられた爪が、パン職人かもしれないと思える箇所だった。
店舗内が整備中なので、すぐ近くにある浄真寺横の公園で話を聞かせていただいた。参道に沿って植えられた木々の葉は青々と茂り、セミが勢いよく声を鳴り響かせていた。
——大会優勝後のコメントで「これからがパン職人としてのスタート」と話されました。あんなにすごい技量があれば十分パン職人だと思うのですが、大澤さんの言う“パン職人”とはどんな人のことを指すのでしょうか?
大会で作ったパンっていうのは、大会で勝てるパンであればそれでいいんですが、パン職人の作るパンっていうのはそれだけじゃなくて。おいしいパンを作るのは当たり前。そのうえお客さんの求めに応えて、しっかりとした経営もして、店で働く人の育成もして。そういうのをひっくるめてパンを作れるのがパン職人。
大会で獲得した技量を、実際の店舗で活用できてこそパン職人と呼べる。大澤さんはそんな意味を込めて「これからがパン職人としてのスタート」とコメントしたのだ。
——では、これから東京とで、パン職人としての新しいスタートを切ります。パンの魅力が、大澤さんを次へ次へと突き動かしていくのでしょうか?
いや!自分にはパンしかないからやってるってだけ。
パンが好きだからやっているわけではないと、大澤さんはきっぱり言う。正直なところ、パンが好きで好きでしょうがないという人だと思っていたので、予想外の答えだった。