日本広告業協会(JAAA)では毎年、会員社社員を対象に「論文」「私の言いたいこと」の懸賞募集を実施している。2021年3月26日、第50回懸賞論文の受賞作品が発表に。最高賞である、金賞を受賞したのは博報堂 アカウント統括局局長代理 小幡朋州氏の論文「BtoB&C 事業投資モデル=これからの広告会社の『売り』と『売る物』~“事業リスク・リターン概念”という武器で “Incubatability”が輝く~」だ。
本論文を執筆した背景について小幡氏は、次のようにコメントしている。
「多種多様かつ膨大な広告主と取引を行う広告会社の業績は、景気変動にほぼ近似します。したがって、回復局面で十二分な成長を実現し、後退局面でマイナス影響を極力抑制する対応力が重要でした。しかし、デジタル化の進展がもたらす事業構造変化に対しては、従来の対応力に加え、この構造変化への新たな対応力が求められます。そして、特に総合広告会社は着実に進むこの構造変化を前に、今まさに、今後も継続的に企業価値を創造できるか否かという分水嶺にいると思えてなりません。
広告業界に身を置く者であれば誰もが頭の片隅で認識しているこの古くて新しい課題。この課題を広告会社の『売り(salespoint)』と『売る物(merchandise) 』という切り口を起点に検討し、これからの広告会社の『売り』と『売る物』を示したい。これが今回の論文課題「広告、次の10年」に取り組んだ最大の動機です。次の10年を切り拓くために必要な新たな『売り』『売る物』とはどうあるべきなのでしょうか。」(小幡氏)。
ここでは、金賞を受賞した論文のサマリーを紹介する。
広告会社の『マーケティング事業会社』としての次の10年を切り拓くための提言
広告会社は、知恵という『売り』で広告媒体枠や広告素材等の『売る物』を販売してきたが、デジタル化の進展で『売る物』も『売り』も激変した。ただし、売買仲介業ゆえ、もっぱら『売り』の変化は主導できたが『売る物』には受け身で、諸問題が顕在化している。
第一に、高収益であった従来媒体の減少と労働負荷の大きいデジタル媒体の増加という『売る物』では、『売り』を生み出す良質な人材や研究開発等の費用を支え切れない。第二に、フィーは従来の『売る物』を代替できない。主に外資系広告主との年契フィーでは原価開示条件が付き、従来の『売る物』による収益獲得手段は奪われ、収益性は低下する。第三に、「売買仲介業」のDNAが深く根差す組織文化では、企画開発に資金や労力を投下した『売る物』を相対的に高い粗利率で長期的に回収する「企画型事業」が育ちにくい。
これら諸問題への解決アプローチは、売買仲介業の延命と転換だが、転換は祖業の根幹に関わり難易度が高い。しかし「企画型事業」への関与が加速するなか、転換は不可避で、新たな『売り』『売る物』の確立が最重要課題である。
『売る物』『売り』という視点で総合商社の事業転換を捉えると、事業運営&投資業の成功に目を奪われるが、『売り』が世界中に構築した拠点網に根差す「ネットワーク・インテリジェンス」からリスク許容力、収益源発見力、事業実現力等の「マネタイズ・インテリジェンス」に変化したと気付く。この『売り』は、事業創造に不可避な不確実性を把握・許容する”事業リスク・リターン概念”を含み、広告会社にもこの概念の具備が必要である。
そこでまず、広告会社の新たな『売り』として“Incubatability”(=incubate×ability)を提案する。Incubatabilityは広告会社固有のCreativity を進化させ、“事業リスク・リターン概念”も備えたもので、Conduct(指揮る:最適な協業相手を探し役割を適切に組み合わせ事業化する力)、View(見渡す:事業価値創造プロセスの設計力)、Materialize(モノ化する:具体的なカタチに落とし込む力)の3要素から成る。
一方、商社の事業変遷との比較から、広告主のマーケティング費用収入(祖業)を主軸に生活者からの追加収入も目論む“BtoB&C事業投資”を、広告会社の新たな『売る物』と据える。このIncubatability×BtoB&C事業投資=BtoB&C事業投資モデルが、広告会社の新たなモデルとなる。
しかし、広告会社は“事業リスク・リターン概念”の獲得が不十分である。それは経営管理側が現場にその感覚を磨く実践機会を避けてきたことに深因がある。現場の『売り』=Incubatabilityを輝かせるべく、事業リスク・リターン概念の獲得プロセスを適切に設計・推進し、現場に武器として提供するのは経営管理側の責務である。そこで具体策として「本部レベル組織への限度付きリスク資金提供」と「事業投資のハードルレートの設定(最低25%以上)」の二つを提案する。これらを現場と管理がワンチームで推進することが広告会社の『マーケティング事業会社』としての次の10年を切り拓く。
小幡 朋州(おばた・ともくに)氏
博報堂 アカウント統括局局長代理/博報堂プロダクツ 経営計画室室長代理。1998年博報堂入社。マーケティングプラナーとして、飲料、自動車、情報通信等の統合コミュニケーション戦略立案、ブランディング等に従事。2002年経営企画局、03年博報堂DYホールディングス経営企画局(出向)にてグループ全体の業績管理体制構築、中期経営計画立案、株式上場準備対応に従事。12年博報堂営業統括局(現アカウント統括局)に帰任、報酬設計に関する現場支援、業績管理等の経営管理業務を率いて現在に至る。