宮崎駿、イチロー……取り上げるのは業界のトップオブトップ!『プロフェッショナル』制作の現場

話題の人に密着し、度々SNSで話題になるNHKのドキュメンタリー番組『プロフェッショナル』。そのチーフプロデューサーの2人を、テレ東出身で経済番組の元ディレクターが取材。企画の切り口や取材先の選定方法などを詳しく聞いています。

*本記事は4月1日発売の『広報会議』5月号の転載記事です。

INTERVIEW
『プロフェッショナル 仕事の流儀』

2006年1月から放送開始。超一流のプロフェッショナルに密着し、その仕事を徹底的に掘り下げていくヒューマン・ドキュメンタリー番組。

チーフプロデューサー (左から)末次徹氏、荒川格氏

NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』は今では珍しくなってしまった、「ひとを追いかけること」にこだわり抜いたドキュメンタリー番組だ。チーフプロデューサー(CP)の荒川格氏と末次徹氏に話を伺った。

トップの喜怒哀楽に迫る

2013年8月23日放送「映画監督・宮崎駿」回
荒川CPが忘れられない回としてあげた宮崎駿監督回。『プロフェッショナル』では宮崎監督をはじめ、各業界のトップオブトップの素顔、本質に迫る。

ひとを追いかける番組だけに、人選は極めて重要だ。どのような「プロフェッショナル」が、取材対象となるのだろうか。「あらゆる分野のナンバーワンのひとを取り上げるのが、番組開始当初からの原則です」(荒川CP)。「トップオブトップと言える方々、野球選手ならイチロー選手、映画監督なら宮崎駿さん、俳優なら高倉健さんを取り上げてきました。コンセプトは揺るがないようにしています」(末次CP)。

15年間に渡って、数多くのトップオブトップを取材してきた『プロフェッショナル』。それぞれが最も印象に残っている回を聞いた。

荒川CPは、宮崎駿監督を取材したときが、忘れられないという。「最初は断られたのですが、鈴木敏夫さん(スタジオジブリ・プロデューサー)が『書生として置いてあげれば』と言ってくれて。宮崎さんも『それなら』と受け入れてくれました」(荒川CP)。

それから、宮崎駿監督との1対1の真剣勝負が始まる。宮崎さんから「書生ならひとりで来い」と言われ、カメラマンなどは同行させずに、小型カメラを持って、ひとりでアトリエに通うことになった。「宮崎さんから、もっと良い言葉や深い精神性を引き出せたのではないか。自分の人間性の浅さを痛感させられました。超一流と20代後半の若造が向き合わないといけない。まさに、血の涙を流しながら制作者として成長していくという感覚です」(荒川CP)。

末次CPが印象的な回は、市川海老蔵さんへの取材。「インサイドに踏み込みすぎて、(海老蔵さんから)『もう来ないで』と怒られました。その時は『あそこまで突っ込まなければ良かった』とひどく後悔しました。しかしその後、詳しい事情を説明せず、当時のCPに試写を見てもらったところ、ちょうど海老蔵さんから自分が怒られる原因になったシーンを見て『今回の核はここだな』と」(末次CP)。

人を追いかける番組だからこそ、相手にどれだけ踏み込めるか、そのひとの喜怒哀楽に迫り核心に触れられるかが、極めて大切となってくる。そこへの追求が徹底されていることで、クリエイティブ誕生の瞬間を捉えられたり、その人の本当の言葉が聞ける番組になっているのだ。

市井の人に焦点を当てるように

2020年12月1日放送 「ゴミ収集員・岳裕介」回
岳氏はゴミ排出量が日本の市町村で最も多い横浜市の最大手のゴミ回収会社のエース社員。コロナという苦境下で、エッセンシャルワーカーの最前線に光を当てた。

各界のナンバーワンを取材してきた『プロフェッショナル』。コロナをきっかけに、新たな挑戦も始まっている。ゴミ収集員、路線バス運転手という、エッセンシャルワーカー(生活維持に欠かせない職業)に焦点を当てたのだ。「コロナという状況の中で、私たちの社会を支えている人たちを見たいと思いました。番組名で“仕事の流儀”と言っているのに、エッセンシャルワーカーに触れないわけにはいかないのではないかと。もちろん、ゴミ収集の世界で『ナンバーワン』が誰なのかを明確にすることは困難です。ですが考え方を変えて、この人をやる意味があると見定めたら、思い切ってやることにしました」(末次CP)。

ゴミ収集員やバス運転手を主役に据えるのは、テレビの常識ではかなり珍しい。画的には美しいとは言い難い。主人公の動きは乏しく、特別、番組のクライマックスといえるストーリーも期待できないように思えるからだ。

だが、『プロフェッショナル』は従来の番組の枠組み、さらには「テレビの常識」を超えて挑んだ。「ゴミ収集員の回は数字が落ちても良いからやろうと。しかし、結果として視聴率は通常回よりも良かった。時代の要求が変わってきていることを感じます」(荒川CP)。

若い世代により見てもらえる番組でありたい。そのために、最近では中学生への出張授業にも取り組み始めた。「中身には自信を持っていますが、(若い世代が視聴するには)敷居が高いと言われることもあります。見やすくしていくなど、これからも模索を続けていきます。番組の核を外してはいけないですが、逆にそこさえ外さなければ、何をやってもよいのだと思っています。チャレンジしていきたいですね」(末次CP)。

新年度からは、人、そして本物の取材にこだわりながら、さらに挑戦的な演出をいくつも温めているという。『プロフェッショナル』のつくり手たちもまた、番組の取材対象と同じように「プロフェッショナル」であり続けるために、これからも挑み続ける。

下矢一良(しもや・いちろう)
PR戦略コンサルタント・合同会社ストーリーマネジメント代表

早大大学院(物理学)修了後、テレビ東京に入社。『WBS』や『ガイアの夜明け』のディレクターに。ソフトバンク転職後は、新規事業企画を担当。現在は、広報担当のための勉強会「広報実践会」を主催。著書に『タダで、何度も、テレビに出る!小さな会社のPR戦略』(同文舘出版)。

 

『広報会議』2021年5月号

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