ミツカンは2019年3月5日、同社初のD2Cブランド「ZENB(ゼンブ)」をローンチした。コンセプトは、「『食べる』のぜんぶを、新しく。」。商品開発の段階からデザイン面に力を入れ、売上も昨年比8倍と成長している。国内外で商品を展開するミツカンはなぜD2Cのブランドを立ち上げたのだろうか。(本記事は『ブレーン』2021年5月号の特集、「ユーザーの心を動かすD2Cブランドのデザイン戦略」に掲載したものです)。
技術担当者が持ち込んだ試作品がもとに
ZENBは植物を可能な限り“まるごと”使用した、D2Cの食品ブランドだ。すべての商品において動物性の原料や添加物は不使用。野菜とオリーブオイルだけでつくった「ZENB PASTE」をはじめとしたさまざまな商品を、ZENB公式サイトで販売している。
クリエイティブディレクションは、佐藤卓さん。2013年にミツカンの創業210 周年記念品として「MATAZAEMON 醸造酢」をデザインしたことをきっかけに、MIZKANMUSEUMのロゴマークや、3年熟成した酢「千夜」もデザイン。継続的にミツカングループ 中埜和英会長との意見交換を重ねてきた。その中でZENBが生まれた背景を、佐藤さんはこう説明する。
「2014年頃のことです。中埜会長とのお話の中で、ミツカンのメインの商品群とは一線を画した新しいことをやろう、という話が出ました。それを私たちは『MATAZAEMONプロジェクト』と名付け、数年かけてアイデアを探っていったんです。単なる商品開発ではなく、フードロスの問題、食育へのアプローチ、料理教室の実施、さらにはショップの展開など、さまざまな意見が出ました」。
「何か新しいものを」。そう探るのと並行して、ミツカンでは、2019年の発表に向けて中期経営計画が練られ始めていた。プロジェクトを主導してきた同社 新規事業開発マーケティンググループ 長岡雅彦さんは、「5年に1度の中期経営計画の発表に向けて何をすべきか、当社が長年培ってきた技術を棚卸しする作業が進められていました」と振り返る。そんな中、ある日のプロジェクトの打ち合わせで、技術の担当者が「こんなものをつくってみました」と持ち込んだのが、野菜をまるごと使ったペースト。
これが「ZENB」の始まりとなった。他の商品に用いられていた野菜を細かくする技術が活用されたのだ。
「皆で試食をしてみると、明らかに甘いんです。聞くと、砂糖は使っておらず、野菜の甘みだけだという。ヘタや皮、種、芯など、これまで捨ててしまっていた部分も含めて細かくすりつぶしているので、普通に野菜を食べるだけでは感じられない甘みが出ていたのですね。野菜をまるごと有効活用でき、地球に優しい、しかもとにかく美味しい。これは食の未来を変えるものになるのではないかと話が進みました」(佐藤さん)。
商品開発の段階からビジュアルを提案
奇しくも中期経営計画への取り組みと「MATAZAEMON プロジェクト」が合流する形で、徐々に出来上がっていったZENB。その過程では、商品開発の段階からデザインの力が発揮された。
「最初にペーストを食べた時、緑や黄色など、野菜の色がいくつも並ぶビジュアルがふと思い浮かびました。その場で開発の方に、他にどのような色ができるのかを相談。次の打ち合わせで他の野菜のペーストも持ってきていただく……という形で、常に出来上がったビジュアルを想定しながら進めていきました」と佐藤さん。
商品そのものに限らず、ブランドのネーミングやロゴ、キービジュアルも、開発と並行して提案していった。
「最初は『MARUGOTO』という名前を提案しました。海外のネットワークもある企業なので、当初から海外展開を想定していたんです。KARAOKE のように日本発の“世界語”にしていけたらな、と。その提案の時点で既に、野菜の断面にブランド名が載ったイメージも提案しています」(佐藤さん)。
長岡さんは、「実際にビジュアルを見ると、自分たちの方向性がかなり明確になる。少しイメージが違う場合でもより具体的な話ができ、前進するんです。当社の一般的な商品の場合、商品自体が出来上がってから、デザインを考えていく。最初からデザインの力が入り、ブランドの象徴となるクリエイティブを見ながら進めると、こうも話が広がるのかと驚きがありました」と話す。
最終的な名称は、「ZENB」に。日本語では「ゼンブ」と読むが、アメリカやイギリスなど英語圏では「ゼン・ビー」と読むという。ロゴはTSDOのデザイナー 日下部昌子さんが制作した。
「『E』の部分が葉っぱのようになっているのは、中埜会長のアイデアです。これに限らず、毎回さまざまなアイデアをいただきました」と日下部さん。佐藤さんは「とにかくクリエイティブな方。提案を差し上げると、すぐにこういうのはどうか?と打ち返してくれます。それがとにかく楽しかったですね」と頬を緩める。
想いを伝えるためにD2Cを選択
食の未来の可能性を導くZENBは、ミツカンにとってもその後の在り方を照らす存在となった。2018年には、10年後を見据えた「未来ビジョン宣言」を発表。「人と社会と地球の健康」「新しいおいしさで変えていく社会」などを盛り込んだ。ZENB開発のための一連の取り組みを「ZENB initiative」と名付け、第一線で活躍するシェフや研究者と、食のこれからを探求している。
商品を売る際、D2Cの手法を選んだのは「ZENBは当社の在り方やこれから目指す方針を象徴する存在。その想いを限られた人にでもきちんと伝えたかったためです。最初からD2Cブランドをつくろうとしたわけではなく、結果的にそうなった」と、長岡さん。
「象徴的な商品のため売上の具体的な目標は設けていない」としながらも、売上は昨年比約8倍と、順調に成長しつつある。直近では、黄えんどう豆のみを用いた麺「ZENB NOODLE」と、専用のソースを発売。今後は商品の拡充だけでなく、食生活全般に関わるプロジェクトを展開していきたい、としている。
『ブレーン』2021年5月号
【特集1】
ユーザーの心を動かすD2Cブランドのデザイン戦略
・スナックミー「snaq.me」
・ミツカンホールディングス「ZENB」
・ロート製薬「SKIO」
・椎茸祭
・PARK「LOGIC」
・MOON-X
・仕掛人が考える「D2C」の現在地
木本梨絵(HARKEN)×古谷知華(「ともコーラ」 プロデューサー)×小林百絵(DAYLILY)
・海外D2Cブランドから見える エージェンシーとクリエイターの役割 文:廣田周作(Henge CEO)
【特集2】
パッケージデザインとサステナビリティ
・デンマークで学んだパッケージデザインに求められる価値 文:渡辺真佐子(資生堂)
・消費者意識の変化を捉えるパッケージデザイン 6つのポイント 文:三原美奈子(パッケージデザイナー)
【青山デザイン会議】
複業から生まれるクリエイティブ
・小山秀一郎
・水野綾子
・山崎聡一郎