孤独なき社会へ 産後ドゥーラが母親を救う

経営者から産後ドゥーラへ

塚原さんは元々、服飾雑貨店を経営していた。店は梅田の繁華街にあり、午前10時の開店から午後9時の閉店まで店に立ち続け、とにかく仕事が楽しかったという。定休日は2ヶ月に一度。家では2人の子供を育てながら、店では経営者としてスタッフの育成や商品の買い付けに飛び回る。夢の中でも仕事のことを考えていたと笑う様子からは、かつての敏腕経営者としての顔が覗く。

「家に帰ると身体は子供の相手をしているが、頭ではずっと仕事のことが浮かんでいた。ふとした時に、他のお母さんが塾の送り迎えや野球チームの運営など子供のことにじっくり時間をかけているのを目にして、このままでいいのかな、と立ち止まった」。

そんな時、たまたま見ていたNHKの情報番組『あさイチ』で、産後ドゥーラ存在を知る。ちょうどその頃、多店舗展開の話が出ていた。自分が仕事に邁進することで、子供の可能性が広がらなかったら。もしそうなった時に後々後悔するのはどっちだろう、と自問自答し、キャリアチェンジに舵を切った。

塚原さんと同じタイミングで産後ドゥーラになった同期の中には、日本を代表する大手IT企業でWeb マーケターとして働き、2人の子供を育てたのち、産後ドゥーラになった女性もいる。多様なバックグラウンドと価値観を持つ彼女達が未来の母親を支えていくのが楽しみだ。

「助け合って生きていく」ホモ・サピエンスの精神を問い直す

私たち人類の起源は、約20万年前にアフリカで誕生した、ホモ・サピエンス。彼らが厳しい生存競争を勝ち抜き、子孫を絶やさずにいれた理由の一つが「共同繁殖」だといわれている。両親、血縁者、非血縁者関係なく、外敵から子供を見守り、育てていくことによって、人類は繁栄した。20万年も前の遠い遠い昔から、「助け合って生きていく」という術を身につけていた私たち。母親達を取り巻く環境は時代とともに変われど、人類に備わる、支え合う力は変わらないはずだ。 

産後ドゥーラの姿から「生きていくこと」は「支え合い、助け合うこと」だと気付かされた。

横澤 直美

1990年兵庫県生まれ。同志社大学商学部卒。在阪百貨店にて宣伝・デジタルマーケティングを担当。自身の経験から、女性のライフステージを取り巻く問題や、社会問題化する孤独・孤立支援策に関心があり、本記事を執筆。

 

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