すべては個人の“好き”からはじまる
チャイ子ちゃん®:私は原野さんの著書の中で「すべては個人的な『好き』からはじまる」「偉大なブランドは、自分自身についてではなく、自分が愛するものについて語る」ことがブランドロイヤルティを生むという話が一番印象に残りました。
それはまさに、この前の原野さんが制作された国際女性デーのPOLAの広告に繋がっているなと思って。あの広告は究極の個人のお話をもとにつくられていますが、実際にどういう経緯でできあがったのでしょうか。
原野:この仕事では、まず2016年に「この国は、女性にとって発展途上国だ。」というコピーではじまるPOLAリクルートフォーラムというCMをつくりました。これは好評だったのですが、ジェンダー・イクオリティのようなテーマは都市的なもので、地方の現場にいる人たちには響きにくかったらしいのです。それでさらに地方の現場にフォーカスしたCMを制作しました。これも好評だったんです。地方のお店を舞台にしたCMでした。
その結果、全国のビューティーディレクターの皆さんから「私も出たい」と声があがり、各店の取り組みを競い合う社内コンクールで1位に選ばれた人が来年のCMに登場する、ということになりました。僕も審査員の一人として参加しました。その時に、新聞広告に登場する小田原さんのプレゼンを聞いいたんです。感動的で、ちょっと泣きました。残念ながら彼女は選ばれなかったんですが、終了後、彼女と名刺を交換して、絶対にいつかあなたの話を広告にしたいと話をしました。それから3年ほど経ち、去年自主プレをして、ようやく実現できたんです。
チャイ子ちゃん®:3年越しの企画だったんですね。
原野:そうなんです。以前に岡本さんから児島令子さんがコピーを書いたスターバックスの広告(2001年にナスダックに上場した際の企業広告)について聞いていて、それが印象に残っていました。やたらとボディコピーが長い広告です。それがかっこいなと思っていて、今回のドキュメンタリー広告のアイデアに昇華しました。あれを短くまとめちゃうと、ぐっと来ないんですよね。最後までたどり着くと「来る」ものがある。プレゼン大会で聴いたときも泣いてしまったんだけど、今回も文章を校正しながら毎回泣いてましたね。
岡本:ボリュームが持つ熱量ってあるんですよ。物語だって10行でまとめることもできるけれど、ディテールがなくなっちゃうと伝わらないこともありますしね。
チャイ子ちゃん®:自主プレで実現しているというところが、まさに本の中にあった「最も個人的なことが最もクリエイティブなことである」を体現している広告だと思いました。
岡本:実はかなり以前にある保険会社に、原野さんと提案したことがあるんです。そのとき、「人は死ぬ、愛は死なない。」というコピーで始まるステートメントを書きました。そのコピーを書く前に会社案内を読んだのですが、そこに書かれていた会長の言葉に、僕はすごく心を打たれて…はからずも泣いてしまったんです。ご自身の経験から保険というものの大切さに気付いたという、会長の言葉と説得力に触発されて書いたのが、「人は死ぬ、愛は死なない。」というコピーでした。広告のコピーであるけれど、この会社は本当のこと、個人の思いを書くことを許してくれるのではないか、と思えたんです。
原野:広告といえども、やはり個と個でつながっているんですよね。結局は、個人が個人に向き合うことで人は心を動かされるし、それでしか効く広告はできないのではないかと思っています。
岡本:メディアが変わったことで、ひとりに向けたものが、すべての人にも伝わるし、応用ができる。そういうものが成立しやすい時代になったと言えるかもしれませんね。