「AIPL」で顧客のステイタスを整理し、高速でPDCAを回す
—具体的にアリババとの連携はどのように進めたのですか。
野原:昨年3月のコロナ禍で上海に赴任したのですが、戦略を定めて6月にはアリババの旗艦店のヘッドとお会いし、花王とアリババが会社として協業する上で、パイロットケースとしてスキンケア「キュレル」から手がけていきましょうという話になりました。我々としても「キュレル」はプロダクトライフサイクルの成長期にあるブランドであり、アリババのカテゴリーの中でもスキンケアは伸びているカテゴリーだったからです。内部環境、外部環境ともに揃ったのが「キュレル」だったのです。
早速、手がけたのが、618セールです。618とは元々はJD(テンセントグループ)が仕掛けて今はアリババも開催している春夏の目玉セールの日です(6月18日に実施)。まずは、この国のデジタルマーケティングの王道のやり方を素直にやってみようと思ったからです。ブランド自体の口コミもよく、商品力も強いので、そんなに捻ったコミュニケーションが必要ないと考えました。
KOLを通じて、商品のUSPをオフサイト(Eコマースプラットフォームの外側)でコミュニケーションし、認知・興味喚起を行い、かつインサイト(Eコマースプラットフォームの内側)で購買につなげるべく、検索広告やインサイト内のコンテンツ広告、ショートビデオ、ライブキャストを活用しました。きちんと、データを見ながら、どんどんPDCAを回して、精度を上げていく。日本のマスマーケティングとは全く違うやり方です。そして、ここで得られた知見を他のブランドにも派生させていきました。特に、オフサイトの広告投資の仕方は、どんなブランドでも知見として活用できます。さらに、天猫IP(天猫オリジナルの販促手法)をうまく活用すること、ブランドの特性にあった販促メカニズムを考えること、CRMによりロイヤルユーザーを天猫内で育成していくことを学びました。
そもそも中国では、マーケティングのPDCAを早く回すことができる環境が整っています。アリババはただのEコマースプラットフォームではなく、アリペイというペイメントシステムを持っていて、人口のほぼ全てをカバーしています。このペイメントシステムから得られる決済情報、そしてEコマースプラットフォームから得られる顧客の購買行動の情報だけでなく、アリババはメディアも有しています。日本で言うところのYouTubeやNetflixのようなもの、TwitterとFacebookの間のような感じと言ったらよいでしょうか、ウェイボーも持っています。こうしたメディア接触情報も含めて、中国7億人のデータがアリババに揃っているわけです。
さらには約7億人のビッグデータをただ有しているだけでなく、クライアントであるブランド側に分かりやすく、そのデータを見せるインフラも整備されています。彼らの言葉に「AIPL」というフレーズがあります。認知、興味、購入、ロイヤリティの頭文字をとって合わせた言葉ですが、その4つのポイントで自分たちの顧客を整理して私たちに見せてくれます。
例えば、アリババの経済圏で、YouTubeのようなメディアで接触した人は、認知(A)のところに印が付きます。商品ページに訪れるなど商品となんらかの接点があると興味(I)にその人はデータ管理上移動することになります。この様なインフラをもとに、私たちは広告から購入までの流れを完全に1IDで見ることができます。さらにはこのデータをクライアントである我々のマーケターが簡単に触ることができることもポイントです。そのため、ある広告を実施した際にAやIの塊が生まれ、次の商戦機に(I)の人だけを狙おうといったことが可能です。(I)に入った人たちはどんな属性でどんなところに住んでいて、ということが分かるので対策が立てやすいわけです。これは非常にすごい仕組みだと感じます。
データの中には、ISVサービスというアリババ認定の公式コンサルタントと提携しないと、見られないものがありますので、そうした人たちに依頼しながら必要なデータを集めるようにしています。そしてデータを踏まえてマーケティングを実行するにおいては、アリババ認定のTmallパートナーに旗艦店の運営を依頼。広告代理店にはオフサイト、つまりタオバオやTmallといったアプリ外のSNSなどを使って認知と興味を高める取り組みをお願いする。TPと広告代理店と我々の3社体制で進めています。
ちなみに、認知と興味を高めるためのオフサイトの取り組みとして、テレビは使っていません。動画広告は全てデジタル上で流しているからです。そもそも日本だとドラマがテレビで流れた後にネットで再放送されるものですが、中国ではウェブアプリで流れた番組がその後テレビで再放送されるような環境ですので、みんながウェブアプリを見ています。また単純なメーカー目線の広告よりもKOL(インフルエンサー)を使った興味を高める広告の方が有効だと感じることもその理由です。
—日本の消費者と中国の消費者、どのような違いを感じていますか。
野原:日本と違って中国は圧倒的に購買行動の中心がEコマースになっている点が大きな違いだと思います。そこで例えば、日本であれば店頭で商品を手に取ってもらうためにパッケージデザインを考えますが、中国ではスクロールして小さなサムネイルの中でいかに商品を目立たせることができるかを考える必要があります。カスタマージャ-ニーが異なる中で、商品デザインのあり方や顧客接点での商品の見せ方が異なってきます。その点の工夫を怠るわけにはいきません。
中国でこれほどまでにEコマースを起点にモノを買う習慣が広がった理由は2つあると考えています。1つがウィチャットペイとアリペイでペイメントシステムのカバレッジがほぼ100%であるという決済ソリューション浸透の側面。
2つ目が物流で現在、世界の物流の6割が中国で発生していると言われています。それだけ中国が配達力、特に個送配達の力があるわけです。上海であれば中国国内からの発送ですと3、4日以内にあらゆるものが届きます。このモノとお金の流れがしっかりしていることが、Eコマースを起点としたビジネスが中国で成立する所以だと思います。