D2CとCRMのパイロットケースを花王全体に広める
—マーケティングの他にDXの推進も担っているのですよね。
野原:はい。DXにおいては、D2CとCRMを重視して取り組んでいます。具体的には、お客さまとの接点を完全に直にしていこうとしています。これは、いわゆるEコマースのような購買接点だけではなく、商品利用時にどのような体験をつくることができるか?も含めた設計です。ここで目指すところは、ロイヤルティの形成なのですが、そこに至るまでのコミュニケーションをお客さまと多く取りながら、接点ごとに生じるデータを貯めて活用していきたいのです。それが結果的に次の施策やモノづくりなど、色々な形でアウトプットしていくことにつながります。その起点づくりをデジタルを使って行っていきたいと考えています。
今はプロジェクト単位で進めようとしていますが、あらかじめ全ブランドがD2C+CRMの状態になった場合の仕組み構築を視野に入れています。データはブランドをまたいで一元化して管理されるものですので、バックエンドでは全てデータがつながっていることを前提に考えないといけません。
ただし、中国人の個人情報を国外に持ち出すことはできません。他の国でも同様に個人情報の持ち出しには制限がありますので、あくまでデータ自体の管理は国単位でやることになるでしょう。ただし、データに対するポリシーや考え方、整理の仕方は、花王としてグローバルのルールを持つことができるはずだと考えています。
機能面の差異ではなく、より高い価値に焦点の当たったモノづくりが進んでいく
—コロナ発生後の赴任、これまでどのような経験をしましたか。
野原:2020年の2月には、ほぼ誰も外出していない厳戒態勢が敷かれていました。中国で生活する一人ひとりのスマホにID(QRコード)が付与されて、そのIDを提示しないとお店に入れないなどの厳戒な統制が行われました。一人でも感染者が出ればその地域は完全に封鎖され、出ることも入ることもできないほどの徹底ぶりで、こうした政府主導の統制で、3月頃から感染者はほとんど出なくなりました。
そして3月20日頃には、普通に会社に出勤している状況です。地下鉄などの交通機関ではマスク着用が義務付けられていますが、社内でマスクをつけている人はほとんどいません。また初めの頃は、みんな頻度高く手の消毒をしていましたが、最近は消毒液の減りも非常に少なくなっています。ただトイレにハンドソープが常設されるようになるなど衛生に対する意識は高くなったと思います。アリババのハンドソープの市場は昨年当初は何万%という爆発的な伸び率だったのですが、8月にはなんと前年割れになりました。そのくらいコロナに対する復活は早かったかと思います。
外出という点においては、国内出張は再開されているものの、近隣には出てもあまり遠出しない風潮があります。ちょっとした旅行も昔よりは減っていると思います。ただ外出して移動する際には、建物の入館時にはIDを見せるだけで特にIDをスキャンするわけではないのですが、そもそもIDが付与されているスマホのGPSがオンになっているので、行動データは筒抜けになっています。GPSをオフにすることはできるものの、中国でGPSをオフにしている人を見たことはありません。GPSをオフにするとタクシーには乗れませんし、食事のデリバリーもオーダーできなくなりますし、何もできなくなる死活問題です。生きていけない環境になるわけですから、行動データが残ることよりも利便性を優先しています。
すでに中国ではコロナは落ち着いていますが、しかしコロナによって変わったことは少なくとも2つあると思います。一番大きかったのはEコマースの拡大です。もともと、その比率は高かったにもかかわらず、さらに上がりました。特に1級、2級都市ではなく、3級・4級・5級以下の都市にEコマースが浸透した点が特徴だと思います。以前から利用者の多かった1・2級都市では高年齢層にまでEコマースの利用が広がりました。中国のEコマースは若くてお金がある人が中心で、一昨年くらいまではZ世代だと言われてきましたが、それよりも上の世代にもEコマースが浸透したと実感します。年代の増加と下級都市への浸透でECが伸びたと言えます。
もう1つの変化がこの国の人たちが生活を見つめ直すことになったという点です。家にずっといるということもあって、元々外食する国民だけれど家でご飯を作るようになったり、一週間断メイク(メイクを断つ)の動画が出回ったりするようになりました。それがスキンケアに最高に良いというのです。こうした新習慣みたいなものが出てきて、そこにうまく乗っかって売れるようになった商品もあります。
今までの習慣を見直した方がよいのだというマインドになったということがコロナの影響で大きいと思います。そうした心の形成をしたという点です。価値観のシフト。このシフトを踏まえて、これからは生活にどうバリューが出せるのかが商品の開発や訴求の軸になると感じています。今までは商品の訴求にしても機能的な点での差異に終始していました。例えば洗顔では競合は何を言っているからこちらにミートしよう、こういう機能を差異として取り入れよう、という様な形です。
それが、これからは例えば商品の具体的な使い方だったり、使った後に生まれるバリューだったり、そういったところに焦点を当てていかないといけないのではないかと思います。機能面ではなく、より高い価値に焦点の当たったモノづくりが進んでいくのではないでしょうか。むしろ、そうでないと生き残っていけないという危機感があります。ずっと家にいて今までと違ったことをし始めるなかで生活習慣を見つめ直したことがトリガーとなって、その人の生活におけるペインポイントというか、生活の中で不具合を感じているところを直していくような、解決するような商品にシフトしていくのではないかと感じています。そうしたことを踏まえて中国で強いブランドをつくっていきたいと思います。