『NARUTO』全巻読み終わったとき、「僕にもできる!」と思った(ゲスト:ペッペ)【前編】

『NARUTO』との運命の出会い「その日がなかったら今僕はここにいない」

澤本:どうして日本で漫画家になろうって思ったの?

ペッペ:その質問は、実は毎日自分に聞いている質問なんですよ。「なんで日本までやってきちゃったのかな、僕」って。僕はクリエイターで、自分の好きなものをつくってみんなに見せるのが楽しい。じゃあ「僕にも何か作れるんだろうか」と考えてました。映画が好きで、ストーリーを書いて学校で見せるのが楽しくて、みんなが笑うのを見るのが最高の気持ちだったんだよね。

貧乏でもできるアートが漫画だった。鉛筆と紙さえあればメッセージを伝えられる。漫画を描くのはイタリアでもできるし、フランスでもアメリカでもできる。いろんな道があるのになぜ日本に行ったかというと、まずイタリアではあんまり漫画が読まれないんですよ。昔は日本みたいに週刊や月刊の雑誌がいっぱいあった。でもテレビの人気がすごくなってから全然なくなっちゃったんです。

権八:テレビの人気に取って代わられたんだ。

ペッペ:そうなんですよ。それでいろいろ調べて「アメリカに行けば」って考えたけど、アメリカはスーパーヒーローばっかり。アメコミはいっぱいあるけど、「スパイダーマンのストーリーを書きたいわけじゃない、自分で考えたストーリーが書きたい」って思った。フランスは、自由だし漫画の読者も多いんですよ。フランスには『bande dessinée(バンド・デシネ)』っていうコミックもある。ただ、フランス語が喋れない。フランスと日本のどっちかを選ぶことにしたんですよね。

でも、文化的に日本の方が魅力的だった。ゲームももちろん好きだったしアニメもいっぱい見ていたし、アジア人も好きだった。だからフランス語か日本語のどちらを勉強するのかをしっかり考えた結果、日本語を選んだ。田舎から来てるからそんなにお金もないし、ちゃんと活躍できる方法を選びました。

澤本:そのペッペさんの故郷の“田舎”って、どういうところなんですか。

ペッペ:僕の田舎は素敵な場所ですよ。海が近いし住みやすいところ。でも、人があんまりオープンマインドじゃなくて、あんまり海外旅行しないし、日本のことを話しても中国かと思われたりする。僕のおばあちゃんには、僕が初めて日本に出発するときに「ロシア寒いから気をつけてね」って言われたんですよ。「ロシアじゃない、日本だよ」って!(笑)。

中村:イタリアにいらっしゃったとき、日本の漫画は読んでたんですか?

ペッペ:日本の漫画と出会うのは少し遅かったんです。なぜかというと、漫画を買える場所が少ないから。16歳まで漫画は読んだことなくて、アニメばっかり見ていました。ある日、本当に偶然、『NARUTO』の単行本を見つけたんです。32巻。今でも覚えてる。その日がなかったら今僕はここにいないかもしれない。

漫画をちらっと読んだら、「あれ?これネタばれじゃない?」って。当時、アニメ見ていたんだけど、漫画の方がストーリーが先だったんだよね。そこで初めて漫画というものを知りました。『NARUTO』の全巻買って読み終わったとき、「僕にもできる!」って思ったんです。今考えると、岸本斉史先生ほどのすごい作品なんて、全然できるわけないんだよ。だけど、田舎にいた16歳の僕は「できる!」って思って勝手に言ってました(笑)。

次ページ 「『ミンゴ』連載直前にテラスハウス出演決定」へ続く

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