出席者
「CMO X」となって、初の研究会が開催に
3月24日、「CMO CLUB GLOBAL」が「CMO X」へと名称を変更してから初となる、研究会が開催された。2014年の設立以来、26回と研究会を重ねてきたが、2020年はコロナ禍を受け、新規メンバーが参加する研究会の実施は一時、中断。しかし、新しい人との出会いが少なくなった今だからこそ、「CMO X」の活動に意義があるとの考えのもと、オンラインでの実施に踏み切った。第27回を迎えた研究会には、ストライプデパートメント、日本HP、マネーフォワード、Mizkan Holdingsから4名のマーケティング責任者が参加をした。
研究会の開催に際して、「CMO X」Founderの加藤希尊氏は、7年の活動を通じて、100社を超える企業のマーケターが集まる組織へと成長に至った歩みを紹介。さらに「CMO X」という名称について「日本のマーケターの集合知をつくることを目的に発足した組織だが、7年目を迎えてマーケターに期待される役割、組織におけるマーケティングの機能はより大きくなっている。
マーケティングに閉じない交流に、これからのマーケターの役割を考えるヒントがあるとの考えから、マーケター同士はもちろん、マーケティング以外の領域の人たちとの掛け算が生まれるような活動を目指す気持ちを『X』という文字に込めた」と説明した。
EC顧客体験をどうリアルに結びつけるか
異なる業界のマーケターが集まる研究会なので、まずは各社が属する市場やカテゴリーの課題、その上で自社の抱える課題について発表をし、マーケティング活動の課題の背景を互いに理解し合うことからディスカッションをスタートさせた。
トップバッターで課題を発表したのは、ストライプインターナショナルとソフトバンクのジョイントベンチャーである、ストライプデパートメントの佐藤満氏だ。
百貨店で扱われるような高感度、高価格帯のアパレルなどを中心に揃える、“大人”向けECモールであるストライプデパートメントを提供する同社では、「大手ECモールのようなリスティング(検索)型ではなく『お客さまと商品・サービス』のマッチング型サービスを目指している」と佐藤氏。また、全国の百貨店とも連携し、各百貨店ごとのECサイトのような立ち位置でカスタマージャーニーを強化しているとも自社のビジネスモデルを解説する。
その中で課題となるのは、「ECの顧客体験がPCやスマートフォンといったデバイス上で完結してしまう」点であり、「EC上とリアルの実店舗の間でお客さまが分断されてしまう」ことだという。「お客さまからすれば、ECはどこで買っても大きな差はないという意識がある。リアルの店舗であれば、「あの店舗」「あの販売スタッフ」など、その店を選ぶ理由がつくれるが、ECになるとその設計が難しい。ストライプデパートメントである理由をどうつくるか、ECであっても、その店舗ならではの体験をつくること」に苦心していると話した。
ストライプデパートメント 代表取締役 専務取締役
佐藤満氏
続いて発表したのはマネーフォワードで横断領域を担当し、2019年にグループジョインしたマーケティングが強みのスマートキャンプにも携わる原田聖子氏。
BtoC事業だけでなく、BtoB、さらにSaaS型のプロダクトを提供する同社では、BtoB企業だからこその課題が見えてきた。原田氏は大きくは「マーケティング手法が多様化」しているが「専門スキルを持った人材」も「BtoBマーケティングに特化したデジタルエージェンシー」も不足しているという、課題を挙げた。これは特にSaaS業界の共通の課題ではないか、と原田氏は自身の考えを示した。
さらに手段・手法の多様化に伴い、専門性は増しているものの「BtoB・BtoCどちらにおいてもユーザペインごとに細かくサービスを展開してきた当社のマーケティング業務は、複雑なプロダクトの理解も必要となってくる。そこで内製化を目指すという結論に達し、そのためのノウハウを貯めているところ」と続けた。
マネーフォワード 執行役員 グループ横断領域担当 スマートキャンプ 新規事業企画室 室長
原田聖子氏
お客さまに寄り添う双方向のコミュニケーションを目指す
日本HPで経営企画の立場から事業部のマーケティングを推進する甲斐博一氏は、世界的な企業でありPC事業とプリンティング事業という2本の柱を持つHPにおいて、「日本国内の事業は海外に比べて事業ポートフォリオのバランスが悪い」と語る。
「グローバルでは『PCが55、プリンターが45』の割合だが、日本ではPCの売上が90%以上を占めている。さらに、このコロナ禍でPCの売上は上がっている」(甲斐氏)。
そこで、BtoBがビジネスの中心となり、事業の安定性も見込めるプリンティング事業の拡大が甲斐氏が現在、取り組む課題。「PC市場の成長も維持しながら、各プリンティング事業を伸ばし経営体質を改善することに取り組んでいる。その中でも最も難しいのがオフィスプリンティング事業。日本国内で『オフィス用のマーケットシェア1%以下』であるこのオフィスプリンティング事業をどう伸ばすか」が自らのミッションであると述べ、これまでにない新しいビジネスモデルの構想も紹介された。
日本HP 経営企画本部 マーケティング推進部 部長
甲斐博一氏
4人目はMizkan HoldingsでChief Digital Officer等を務める渡邉英右氏だ。
グローバル企業を中心に、デジタル、ITのスペシャリスト、マーケターとして経験を重ねてきた渡邉氏は今、歴史ある日本企業のミツカングループで、企業の資源を生かしたDXの推進に取り組んでいる。渡邉氏はMizkan Holdingsへの移籍を決めた理由として、「買う身になって まごころこめて よい品を」「脚下照顧に基づく現状否認の実行」という企業理念に共感したから、と説明。
しかし、こうした理念がありながら、小売店経由の販売が中心のBtoBtoCをビジネスモデルとした企業であることから「会社全体が生活者(お客さま)に寄り添って深くつながることができていない」ことが課題と述べ、「そこを双方向にしていきたい」と目指すゴールを伝えた。
Mizkan Holdings 執行役員Chief Digital Officer兼 日本+アジア事業Chief Digital Officer
渡邉英右氏
マーケティングの内製化から事業の立ち上げへ
それぞれの課題を共有する中で、業種を超えた共通の課題が見えてきた。それは「人材」と「未来価値」だ。
例えば、ECのストライプデパートメントも人の力を生かせるのではないか?という指摘が甲斐氏からなされた。「実店舗を持つアパレルは店員自体がインフルエンサーとなっている」との甲斐氏の指摘に対して、佐藤氏からは「EC上で行っている、顧客に対するアンケートやチャットを基にしたスタイリングサービスでも、担当したスタッフの名前を出していないにも関わらずスタッフへのリピーターがつく」と返答。「人にファンがつく」ことを感じる場面があるとして共感を示した。
原田氏が語ったマネーフォワードの「マーケティングの内製化」についても、同じマーケティング業務に携わるメンバーから大きな関心が寄せられた。原田氏は「内製化で蓄積されたノウハウを用いてエージェンシー事業を立ち上げる構想がある」と話し、このアイデアに対して参加者からは「BtoB領域のマーケティング専門家の不在に課題感を抱える企業は多いので、非常に市場性があるビジネス」との意見が示された。
甲斐氏も「マーケティング業界ではBtoCが目立っており、そのせいもあってBtoBマーケティングが人材不足に陥っている」と、原田氏の課題意識に賛同していた。
マーケティングやデジタルの知識だけでなく、人材育成における課題としてあがってきたのは、「お客さまのことをもっと知る」というマーケターとして基本となるマインドセットを身につける方法だ。この指摘をしたのは渡邉氏。ミツカングループではマーケティング人材に対し、スキルセットとともに、マインドセットを変えていくことを重要視していると紹介。既存のマインドセットを打破し、「『お客さま』と一くくりにしても、一人ひとり考え方・行動が違う」ことを理解してもらうことが重要だと話した。
「未来価値」を提供する「サステナブルパートナー」としてシェア拡大を図る
BtoBtoCの事業モデルの足かせを乗り越え、お客さまに寄り添うマインドセットを醸成しようとしている渡邉氏だが、同氏からはこれからのマーケティングはお客さまだけでなく、社会に対して提供する価値にも目を向けるべきとの指摘があった。
例えば、ミツカングループは、それまで捨てられていた酒かすを発酵させて酢を製造するという、実はエコな発想からスタートした企業。それだけに現在も、機能的価値とも情緒的価値とも違う「未来価値」という、「地球のことを考えた事業」の提供を意識し続けていると紹介。同社では、2年前には「未来ビジョン宣言」を発表しており、渡邉氏はこれからは未来の社会に対する価値の提案も必要だとの考えを示した。
この指摘に対して、日本HPでも古くから「サステナビリティ」に注力してきた系譜が甲斐氏から紹介された。グローバルに展開する同社では「1950年代からテクノロジーを使って『プラネット』『ピープル』『コミュニティ』のための活動をし、テクノロジーで人を豊かにしながら、グローバルレベルで様々な取組みを展開し地球環境維持にも貢献してきた」と甲斐氏。
同社では、近年問題視されている「海洋プラスチック」を、PCやプリンターの製造に使用。複合機では数年後には海洋プラスチックの再生利用75%に到達し、PCでも間もなくその製造に30%以上海洋プラスチックが使われるという。
そうしたサステナブルな活動に従事している部分を前面に押し出し、「サステナブルパートナー」という立ち位置で企業の経営企画部門等にアプローチをかけてオフィス用プリンターのシェア拡大を図っていく戦略が語られた。
「CMO X」となって初の研究会開催だったが、「未来価値」という言葉にマーケティングに閉じない、新しいCMOの役割を考える組織の方向性が感じられる会となった。
会の最後に加藤氏は「バックグラウンドの異なるマーケターが集まるからこそ、新たな視点が増えて問題が解決しやすくなる」と語り、さらに「そこで生まれるコラボレーションが企業の成長力となり、日本の成長力へとつながっていく。それをコンセプトとした『CMO X』は、今後も様々な集まりの場を設けていきたい」と展望を語った。