広告のクリエイティブの本質は具体的な独自の資産(コピー、キャラクター、フォーマット)
ここで冒頭のフェルドウィック氏がクリエイティブをどう考えているかに戻ります。彼にとって広告におけるクリエイティビティとは、具体的な広告をつくり出すことであって、抽象的なアイデアや戦略ではないということです。フェルドウィック氏はBMP時代のアカウントプランニングについても別の書籍で説明していましたが、広告における戦略とは広告を生み出すためのものであって、クリエイティブや消費者調査とのやり取りを通して、より効果的なものに積極的に書き換えられるべきだということです。
フェルドウィック氏は、米広告の伝説的なアドマンであるデビッド・オグルヴィ氏の言うビッグアイデアは、決して抽象的な戦略のことではなく、具体的な広告クリエイティブを意味していたのだ、と解説します。というのもオグルヴィ自身がビッグアイデアだと語るものは「ハサウェイの男のアイパッチ」だったり「アメリカンエクスプレスのCMフォーマットであるDo you know me?」「マルボロのカウボーイ」であるからです。
もっと言えば合理的説得型広告の雄であるロッサー・リーブス氏のいう「USP(Unique Selling Proposition)独自の売るための提案」でさえも、具体的な広告独自の資産のことを指すのではないか、と主張しています。つまり「M&Mチョコレートは、お口で溶けて、手で溶けない」のような彼の有名なコピーは、抽象的なアイデアではなく具体的にイメージでき、繰り返し使われることで記憶に残るものだからです。
この広告独自の資産(distinctive asset)とは、アレンバーグ・バス研究所のジェニー・ローマニアック氏が唱える独自のブランド資産(distinctive brand asset)と同じです。フェルドウィック氏がブランドの成功をセレブリティが有名になることと類似していると考えるのは、両方とも独自の資産を持ちそれが広く知られることが重要だからと考えているからです。
フェルドウィック氏は、戦略が意図するような抽象的なアイデアや解釈が、具体的な広告制作を離れたところではうまくいかない例を、有名なゴリラがフィルコリンズの曲に合わせてドラムを叩くだけの長尺CMで一世を風靡した英国のお菓子ブランドであるキャドベリーの広告のその後について語ることで説明しています。キャドベリーは、この広告のクリエイティブ戦略を「喜び(Joy)」という本質でとらえて、違う広告キャンペーンを制作しましたが、前回と違ってまったく売れませんでした。「曲に合わせてドラムを叩くゴリラ」がビッグアイデアだったのを、抽象的なアイデアで無駄にしてしまったのです。
広告のクリエイティブには、その意味で革命的なあるいは独創性にあふれたイノベーションは必要ありません。むしろ我々が惹かれる広告の独自性とは、アメリカの最初のインダストリアルデザイナーであるレイモンド・ローウィ氏が主張したような「MAYA(most advanced, yet acceptable)」つまり、新鮮味はあるが、なお馴染みがあるもののことを指します。フェルドウィック氏は、広告を抽象的な戦略用語やビジネス経営的な官僚主義を抜け出して、音楽や興行などのエンターテインメントを参照することを勧めるのはそのためです。そこで人々の関心を惹き、人気を集めている具体的な技巧や演出スキルこそ、広告クリエイティブに求められているものなのです。