初の長編小説『永遠の仮眠』は、松尾潔の自叙伝?
中村:そうなんです!『永遠の仮眠』。
権八:本当にデビュー作なんですか?これまで小説は書かれたことなかった?
松尾:いくつか小説誌・文芸誌って言われるところに短編を掲載していただいたりっていうのはあったんですけど、長編で単行本という形は今回が初めてです。音楽のエッセイはいくつか出してるんですけど、小説という形じゃないと表現できないものがあったんでしょうね。他人事みたいに言うと。
中村:小説というか、松尾さんの自叙伝というか。
松尾:それね、よく言われるんですけど、新潮社の紹介文に「自叙伝」って書いてあります?
中村:いや、書いてないと思うんですけど、どう考えてもこの音楽プロデューサーが松尾さんに思える。そもそも音楽プロデューサーという職業がどういうことをするかもみんなよくわかってないから、それがわかるだけでも読者として面白いし。
松尾:そうですね、そうかもしれない。
中村:読めば読むほど「松尾さんなんじゃないか」って読者は思ってしまいそうですよね。
松尾:ある意味では“お仕事小説”っていうことかもしれないし、ある意味では“自伝”というふうに捉える方もいらっしゃるかもしれないけど。まっ、フィクションですよ。
権八:もちろん出てくる名前とかは架空だけど、でもあまりにもエピソードが具体的だったり、固有名詞もすごい出るじゃないですか。
松尾:そうですね、虚実ないまぜですけどね。
権八:そうですよね。だから「これ、あの人のことなのかな」とか想像しながら読んじゃいますよね。
中村:そうそう。中でも、ドラマプロデューサーの多田羅!めちゃくちゃ狡猾なやつですよね(笑)。しかもいそうな感じなんですよね。
松尾:会ったことありません?
中村:えっ?
松尾:お仕事柄、テレビ局のプロデューサーの方とご一緒することはありますよね? あ、でもドラマのプロデューサーとはあまりないのかな。
澤本:お会いしたことあるけど、こんなひどい人はいない(笑)。
一同:(爆笑)
権八:僕結構ありますね。番宣もやらせていただいた頃があったんで何度か。でもこういう方ではないかな……(笑)。
松尾:「どっちがクライアントなのかはっきりさせとく」っていうタイプの人いますもんね。「おたくはクリエイターかどうかわかんないけど、発注してんのこっちだから」ってマウント取ってくるような方。そういう方ばかりではないけども、そういう方もいらっしゃったかな~って、ちょっとぼかしたいんだけど(笑)。
一同:(爆笑)。
権八:だからさっき「(小説書くのは)初めてですか」って聞いたのも、「小説家っぽい」て言ったら逆におこがましいのかもしれないんですけど、非常に筆の運びが滑らかというか。「こんなに人のことを観察してるんだ!」って思うとちょっと怖くなった気がしたんですよ。
松尾:近い人たちにも「松尾さんそうやってずっと観察してたんだ」って言われるんですが、それって「ちょっと嫌な感じ」を別の表現で言い換えてる感じなんですよね。「いやそんなことないですよ」って僕は申し上げたい。
権八:人間に対する洞察力っていうか、こんなにすごく深く見てるんだなって。
松尾:僕自身はね、割と穏やかな生活者だと思うんです。ドラマティックなところに巻き込まれたいとも思ってない。結果としてそういうところに行っちゃうことはありますけど。
このエンターテイメントの世界にいるとね、「この人の人生は大変だったな」っていう人は周りにたくさんいらっしゃいます。仕事柄そういう人とすごい近いとこにいるんですよね。ただ、ステージのセンターに立つ演者さんの気持ちって、その後ろ50センチぐらいで手を伸ばせば届くところにいても、やっぱりわかってないんだなって自分で思うんです。
『永遠の仮眠』にも、主人公の音楽プロデューサーの光安悟(みつやす・さとる)が自分で発掘して、その後スターメイキングした義人っていうシンガーが出てきますけど。そんな悟でさえ、義人のことをわかってないんだと思います。「俺がお前の今の地位を作ったんだ」って言うことはいくらでもできるけど、人ってそんな簡単なもんじゃないなっていうふうに思いますしね。
僕も、今“スター”と呼ばれてる人がスターダムにのし上がっていく過程でいろんな仕事をご一緒してきたから、彼らがスターになる前も知ってるんだけども、やっぱりその気持ちはわからないし、わかりたいとも思ってないのかもしれないですね。強いて言えば今回、松尾潔っていう新人作家としていろんなところに顔を出すことになって、少しわかるようになってきたな、というか。まさに今です。プロデューサーとしていくら名前が上がっても、「その作品は自分のものではない」っていう思いがずっとありますね。「自分が歌うんだったら別のものつくるしな」っていつも思ってるし、そもそも歌を歌いたいと思ってないし。