初の長編小説『永遠の仮眠』は『半沢直樹』みたいに売れたい!?
澤本:新作小説『永遠の仮眠』ですね。
松尾:これを読んだある知り合いには、「音楽プロデュースをやってきた松尾だから書ける」っていう意味で「編集者だった小林信彦さんの小説とかにちょっと近いですね」みたいなことを言われて。僕も小林さんが『ヒッチコックマガジン』編集部時代の体験を小説化した『夢の砦』は好きだし、ありがたいし、褒めてくださってるのもわかるんだけど。「だったら俺、(銀行員だった)池井戸潤さんが書いた『半沢直樹』みたいに売れたいんだけどな」って思っているんですよ(笑)。
澤本&権八&中村:(爆笑)
松尾:「松尾さんのこの本で読んで音楽の良さがわかりました!」って、それはありがたいけど、もっとスカッとして欲しいっていうか……単純にエンターテインしたいんです。「自分が取材しなくても書けるのはこれだ」ってことで、今回は音楽プロデュースの現場について書いたけど。でも池井戸さんも『半沢直樹』を「読者のみなさんに少しでも銀行業界の実情を知っていただきたい」って思いで書いてるわけじゃないでしょ(笑)。だからそこはまだまだ僕のスキルが足りんのだな~なんて思ってるんですけど。「音楽業界を紹介する」っていうとこがどうしても前面に来ちゃってるから。
ただ、そもそも銀行なんかに比べると音楽プロデュースの世界自体が特殊なんで、まずはそこを知ってもらうっていう感じにはしてます。だから、ご要望があればですけど、シリーズ化して『永遠の仮眠 サーガ』にしたいなと思ってるんです。登場人物のいろんな物語を書くことで、いろんなところから音楽業界を見つめることができるだろうと思ってるので。
澤本:確かにそうですよね。
松尾:そもそも音楽業界っていうのは……筒美京平さんとお仕事してるときによくこういう話になったんですけど、このレコード会社、この作曲家、この作詞家、この編曲家、そこのお弟子さん、そんな一切合切ひっくるめた上で全部まとめて“日本ポップス工場”だと。日本ポップス工場の中に、第1ライン・第2ラインがあって、「〇〇工場の工場長はクセが強いよね」とか「あそこ行ったら3年間本社戻れませんよ」とかいろいろあるかもしれないんだけど(笑)。とはいえ全部日本ポップス工場の中の出来事だから、体験することは概ねそんなに違わないんじゃないかなっていうのもあるんですよ。
もちろん演歌とR&Bでやってることは同じに見えないときもあるかもしれないんだけど、日本においてポップス、もっと広い意味の大衆歌謡をつくってるって意味においては、今いる場所が現場だと思ってやればそれは絶対に無駄にはならないと思っていて。この本の中で言いたかったことはそういうことなんですよ。
数年前に音楽エッセイ集を出したときに、あとがきでこう書いたんです。家族に向けて「過去は変えられないけど未来はつくることができると教えてくれてありがとう」って。今はその先のこと考えてまして。小説を書いて特に思うのは、「これからの未来で過去は変えられるぞ」ってこと。より正確に言うと、「過去は変えられないかもしれないけど、過去の意味は変えることができる」と考えているんです。
「あれがあったから今ここにいる」って、みなさんありませんか?「あの大失恋があったから、今この配偶者と巡り合った」っていうようなことが一番わかりやすいかな。ただ、仕事って、いったん考え始めちゃうと「いや~目の前真っ暗だ」っていうフレーズがポロッと出ちゃったりとかする。いやいや、今の場所は暗いかもしれないけど、明るいとこに向かうことによって、暗いところにいたっていうことに価値づけができるんじゃないかな。
澤本:“今”の伏線だったってことですよね。
松尾:そうなんですよ。「過去つくれるわ〜」って最近よく思います。