リーブスが唱えた「USP」はヘーゲルの「理性」!?
広告界の哲学者として最初に取り上げるのは、1950年代にテッド・ベイツ・エージェンシーを一流の広告会社に押し上げた立役者であり、今日も続く「広告はセールス」という説得方法の基礎を作ったロッサー・リーブス(1910-1984)です。
彼は当時、ユーモアや娯楽がつきものだった当時の広告のスタイルを否定し、よりシンプルに広告が達成すべき効果を目指してメッセージも単一のものに絞るべきだと主張しました。リーブスは、広告を見る人たちの知性や理解能力に期待するのではなく、「広告を見た人には、ひとつのことしか記憶に残らない」という想定をしていました。
また、そのひとつに絞ったメッセージにおいては、イメージや単なる商品ではなく、具体的なベネフィット(便益)がなければならない、と考え、リーブスはそのメッセージを、USP(Unique Selling Proposition 独自の売り込むための提案)と呼びました。リーブスがいう「独自」とは、競合商品が提供できない差別化されたもの、という意味を含んでおり、それが具体的なものであるからこそ「提案」という言い方になっています。
端的に言えば、これは営業が商品を顧客に売るためのセールストークであり、具体的なものであるからこそ、それは目の前の顧客を説得するための文句、と考えられました。リーブスの代表的な広告は「M&M’sチョコレートは、お口で溶けて、手で溶けない」「コルゲートの歯磨き粉は、歯をきれいにし、息もきれいにする」といったものです。
リーブスの考えの根本には、広告を見る大衆の知性を期待しないといいつつも、「合理的に説得される理性」という前提があります。リーブスにとって広告の本質とは、その意味で広告が持つ本質的な「理性」なのです。彼のアプローチは、その明確なメッセージ性と具体性から、「ハードセル(積極的な売り込み)」とも呼ばれます。
一方、西欧哲学史におけるヘーゲルは18世紀において、観念論の体系を「弁証法」という方法で構築した哲学者です。ヘーゲルは西欧思想史のなかで、人間が持つ精神を中心に据え、その「理性」そのものが、現実の歴史を作り上げるという「精神の自己実現」という解釈を生みだしました。ヘーゲルの登場によって、西欧哲学はひとつの体系にまとめ上げられ、それは哲学が人間の思想である限り、「理性」の内在的な活動がすべての源泉であるように解釈され続けます。この後に続く哲学者は、実際すべてヘーゲルを敵としつつも、彼が生み出した体系から逃れられないのは、その理性そのものから逃れられないためでもあります。
実はリーブスが生み出した「USP」という考え方は、4人の中でも今日の広告業界の中で最も影響力の大きいものです。それは「広告がセールス」であるという、合理的な考え方が、広告ビジネスを作り出す業界の「理性」そのものに基づいているからです。リーブスのUSPが影響力を持つのは、ヘーゲルが観念論の体系を作り出すうえで、「理性」を最重要視したことと同じ意味があります。この理性を中心に置く思想こそが、広告業界においても、本質的であると捉えられたからなのです。