オグルヴィが見出したブランドの持つマルクス的「物神崇拝」
3番目の「広告哲学者」は、デヴィッド・オグルヴィ(1911-1999)です。1949年に広告会社を設立したオグルヴィは、自らを「広告の古典派」と名乗っていました。ギャロップという有名な調査会社での経験を持つ彼は、4人のなかで最も広告の調査による知見を広告クリエイティブに活用した人物でもあります。
その特長は、2つの広告業界の古典的な方法のミックスにあります。ひとつは、かつてクロード・ホプキンス(1866-1932)が唱えた「科学的広告(1923年刊)」の視点で、市場調査に基づいた知見によって、広告をより再現性の高い法則を見出したことです。そしてもうひとつは、ヤング&ルビカムの創設者でもあった同時代のアドマン、レイモンド・ルビカム(1892-1978)が唱えたブランドが持つ抽象的な「イメージ」を取り入れた点です。
特にオグルヴィは後者の視点で、人々が商品を買うのは、リーブスが主張した合理的な便益だけではなく、商品(ブランド)によって連想されるイメージであることを見抜いていました。彼は広告の役割は、商品にとって「適切な個性を作り出す」ことが大事であると考えたのです。
レオ・バーネットは、もともと女性向けのタバコであったマルボロを男性に売り込むために、一連の「マッチョな職業の男性がマルボロを吸う」広告シリーズを作ったことで知られています。有名な「カウボーイ」の広告は、そのシリーズのひとつで、ほかにもダイバー、アメフト選手、レースドライバーなどが同時に作られたのです。このバーネットのやり方が、オグルヴィが考える「適切な個性を作り出す」手法です。オグルヴィは、実際彼が「ビッグアイデア」と呼ぶ広告のひとつに、マルボロのカウボーイをあげています。
特にオグルヴィは、単にセールストークのための具体的なメッセージ(何を言うか)に注目したのではなく、ブランドが持つべき価値を強化していくための連想(イメージ)と、それを作り出す視点(どう伝えるか)を中心に広告を組み立てることを考えたのです。
この考えは、哲学者マルクスが、これまでの伝統的な古典派のリカード派経済学の唱える商品の価値は生産する労働力で内在的に決まる、という労働価値説を批判して、商品は貨幣を通した交換を通して価値が決まるという「資本論」での価値形態論での主張と似ています。
マルクスは資本主義経済が、人間同士の関係が交換を通して、モノとモノを通した関係として見えることを物象化と呼びましたが、オグルヴィの気付いた連想であるブランドイメージとは、その物象化の結果です。フェティシズム(物神崇拝)とは、マルクスがシャルル・ド・ブロスから借りた言葉ですが、もともとはモノに宿る魔術や呪いを示すことを表しました。これが転じて商品そのものにイメージ(魔術)に惹かれる消費者に注目したのが、オグルヴィです。商品に帯びたそのような魅力、つまりフェティッシュに見せるものとは、オグルヴィのいうブランドイメージなのです。
このオグルヴィの発見と、広告の作り方は次のバーンバックによって完成されます。それがマルクスの共産主義革命ならぬクリエイティブ革命です。