2004年に米国・ニューヨークで始まった「Advertising Week」は、2016年から東京を舞台に「Advertising Week Asia」が開催され、今回は連続6回目の開催にあたる。「Advertising Week Asia」に登壇したスピーカー5名に「広告ビジネスにおけるイノベーション」をテーマに、4つの質問を投げかける。
あらゆる産業において、顧客の変化に合わせて、ビジネスの形自体を大きく変えざるを得ない状況が生まれています。 そのひとつの活動がDXの推進ですが、目指すべきゴールが見えなければ、デジタルのような手段は活用ができません。それでは、「広告・メディア」ビジネスは、いったい何をゴールに時代に合わせた進化を遂げればいいのでしょうか。広告ビジネスのど真ん中にいる方、テクノロジーの力をもって新しく広告ビジネスに参入してくるプレイヤーなど「Advertising Week Asia」に参加するメンバーに一問一答形式で回答してもらいました。
前回の質問は「広告・メディアビジネスのDXの進捗は何点?」でした。今回の質問は「広告・メディアビジネスが目指すゴールと、DXの果たす役割は何だと思いますか? 」です。
Question「広告・メディアビジネスが目指すゴールと、DXの果たす役割は何だと思いますか?」
【安藤氏のAnswer】
生活者にとっての価値の創造です。
マーケティングとは市場を通じて、企業と生活者が「対話」することで価値とはなにかを問い続け、つくり続けていくことです。広告メディアビジネスは、これまでもそこで重要な役割を果たしてきました。DXは広告メディアビジネスの本質を浮かび上がらせます。
博報堂DYグループは、広告メディアビジネス全体のDXを進めるべくAaaS(Advertising as a Service)を提唱し、ビジネスの主軸をモノ的な「枠」から「サービス」に変えていくことを目指しています。一方向的な伝達ではなく、広告主のみなさんが媒体を通じて生活者と常時接続的に「コミュニケーション」できる姿をつくることは、この産業のエコシステムにとって、とても大切なことだと考えるからです。
生活者価値の創造を目指すことが、広告主、媒体社、広告会社すべての、そして社会と社会を構成する生活者ひとりひとりの利益につながっていきます。この記事を読んでいただいているみなさんと一緒に、それを目指していきたいと思います。
【笠松氏のAnswer】
これもメディアビジネスについてというとQ:2、3の回答と重なりますが、メディアのプランニング・バイイング・フィードバックが統合されたシステムへのビジネストランスフォーメーション(BX)を進めることが目指すべきゴールだと考えます。つまり、
①「知見の豊富なプロのプランナー・バイヤーによるフルカズタマイズが必要な人」、
②「イージーオーダーで、自分でプランニング・バイイングが可能な人」
といったように、顧客の要望の内容やレベルに応じて、自由にバイイングができる環境をつくることがゴールだと思います。
さらに双方のクライアントに対して、KPIに対する成果のフィードバックの仕組みも必要です。DXはそれを実現する手段として必要になるでしょう。
メディアビジネスのBXが進めば、クライアントも広告会社・メディア会社側も、より一層、戦略部分を考える人材育成に人的リソースを充てることが可能になります。
【沢目氏のAnswer】
広告・メディアビジネスが目指すゴールは、“真のパーソナライズの実現”にあると考えています。インターネットの普及で、生活者は自分に必要な情報を自ら取得できるようになり、またモバイルの普及で、情報収集はリアルタイム/オンデマンドになってきています。
そういった生活者にとって、一方的にメッセージを送ってくるマス広告は、有用な情報ではなく、スキップしたいノイズになってきたと言われています。生活者が情報収集の主導権を握っている現代では、広告のメッセージは生活者にスキップされないようにパーソナライズして送ることが重要です。
パーソナライズの重要性は10年以上前から語られてきたと思いますが、今日でも未だに達成できていないのではないかと感じています。クッキーやIDFAなどにより、大量の属性データや行動データが取得可能になり、相手の属性を選んで広告を送ることが可能になっていますが、現実は手間を掛けずにCPCやCPAを改善できるリマーケティングや、数種類のコンテンツのA/Bテスト程度に留まっているケースが多いのではないでしょうか。個人情報保護の強化で、SafariのITP導入、iOSのATT適用などで起こる“シグナルロス”(クッキーやIDFAなど、広告配信プラットフォームの持つ個々のユーザー情報が入手できなくなること)の問題がCPAなどの効率を大幅に悪化させるのはないかという懸念が大きくなっており、パーソナライズに対して逆風が吹いています。
パーソナライズに関して、私は“気の利いた旅館の女将のように顧客と対応すること”が真のパーソナライズであり、そのためには4つのRが必要と考えています。
1つ目は“Recognize”、顧客認識です。気の利く女将は旅館についたお客様の名前を聞く前に、「xx様よくいらっしゃいました」と迎えてくれます。広告で言えば、クッキー情報などでまず顧客を認識・特定するステップと言えます。
2つ目は“Remember”、顧客理解です。気の利く女将は、このお客様は前回、いつ来て、どんな料理が好きで、何を楽しんでいったかなどを瞬時に思い出します。ID情報やクッキー情報に、アクセス履歴、アプリ利用履歴、購買履歴など様々な情報を紐付けて顧客の属性を理解するステップです。
3つ目は“Relevance”、顧客ニーズの特定です。気の利く女将は、お客様の顔と過去の利用情報を思い出しながら、今回の来訪のニーズを推定します。前回は家族サービスが目的だったとしても、今回は夫婦水入らずの旅を楽しみに来たのかもしれません。サイトへ流入経路、検索ワードなどクエリタイプ、同じ様な行動履歴をもつデータから拡張推計などから今回の来訪のニーズを絞り込むステップです。
4つ目が”Recommendation”、顧客へのオススメです。気の利く女将は、お客様のニーズを読んで、最適な部屋、料理、エンタテインメントを提案します。広告でいえば、データに基づき特定されたニーズに対し、DCO(ダイナミッククリエイティブオプティマイゼーション)を活用し、複数のコンテンツの中から、顧客にエンゲージメントの高いコンテンツを自動的に作成・配信するステップと言えます。
こうした一連の4つのRの最適化を、データ活用で自動的にできるようにすることが、真のパーソナライズであり、広告・メディアビジネスにおいてDXが果たす重要な役割のひとつではないかと考えています。クッキーやIDFA取得制限による“シグナルロス”は広告のデータ活用に大きな逆風になることは、確かだと思いますが、真のパーソナライズに向けてDXでできることは、まだまだたくさんあると信じています。
【塚本氏のAnswer】
Amazonにとって広告とは、お客様の商品選択に貢献するものであるため、継続的にお客様の信頼を獲得、そして維持していくことを目指すべきだ考えています。広告主様とお客様の利益は本質的に一致しています。Amazonのサイトでは広告を通じて、豊富な品揃えの中から、魅力的な商品やブランドとの出会いの実現を図っています。私たちの基準は、Amazonのサイトやデバイス、配送ボックスなどのあらゆる場所で体験される広告が、お客様に歓迎される品質であるべきということです。
またデジタルトランスフォーメーションにかかわらず、Amazonではお客様にとって素晴らしい体験を生み出すことに焦点を置いています。良質な体験を生み出す取り組みのひとつとして、Amazonは、効果測定が可能な広告ソリューションの提供を通じて、企業のマーケティング活動を支援したいと考えています。クロスメディアの効果測定と透明性はマーケティング担当者にとって既知の課題です。広告主企業の方々は、検索、ディスプレイ、動画/OTT、音声などのさまざまなチャネルでメディアがどのような効果を上げているかについてカスタマージャーニーの各段階で把握し、すぐに行動に移せる実際的なインサイトについて知りたいと考えています。そのために、Amazonでは効果測定ソリューションへの投資を行っており、ROAS(広告費用対効果)に限定せずキャンペーンをより正確に測定し、最適化できるよう支援しております。
Amazonの広告に対する考え方は、利便性が高く、そして優れたカスタマーエクスペリエンスを生み出すことに基づいています。Amazonは、より良い体験の創出に貢献するソリューションやプログラムの提供を通じて、ブランドや広告主企業の方々や、代理店にとって理想のフルファネル・マーケティング・パートナーでありたいと考えています。
【長崎氏のAnswer】
メディアビジネスにおけるゴールという言葉を「価値」と「目的」、二つの解釈でそれぞれ考えてみたいと思います。
まずは「価値」について。私は前回、メディアの価値を「線路が運ぶ力」と「駅が留める力」に喩えました。これらは言い換えれば「リーチ」と「コミュニティ」になります。昨年末に開催された「VR FORUM2020」の基調講演でも、電通 五十嵐 博社長により、この二軸が用いられ、とくにメディアのコンテンツが創り出す、コミュニティ価値の重要性が語られました。
さらに、この場で新たに提唱された言葉「オーディエンスジャーニー」は、従来の「カスタマージャーニー」の考え方をベースに、コンテンツへの接触時はもとより、その前後において醸成されたすべての顧客体験を表しています。コンテンツ体験を通じて、単なる移動が文字通り「旅」になるのではないか、と私自身は解釈しています。
次に「目的」です。今日のメディアプランニングには対極のアプローチが存在しています。例えば、短期と長期。マーケティングファネルの上部と下部。個人消費の促進と社会課題の解決、など。日本にインターネット広告が生まれて、四半世紀が経ったといわれていますが、その目的の多くは「短期的+ロウワーファネル+個人消費の促進」というアプローチの組み合わせになっていたのではないでしょうか?と同時に、メディアプランにおけるインターネットの比率が高まるにつれて、他のメディアの利用目的も少なからずその傾向が強まってきたと感じています。
私が期待するメディアビジネスのDXとは、初回でも述べましたが、メディア企業がその出自によって区分されるのではなく、生活者に向けて保有するチャネルを元に再編されることです。そして、テクノロジーの進化によって、あらゆるメディアの価値を可視化し、再定義すること。そうしたDXを経てこそ、広告主の求める多様な成果を提供できるビジネス環境が整うと信じています。
ところで、新たな環境が整ったとして、広告主、広告会社、メディア企業、3者の取引はこれまでと同じスタイルで良いのでしょうか?その答えは次回に用意したいと思います。
■回答者5人のプロフィール
博報堂DYホールディングス/博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ
常務執行役員
安藤元博氏
1988年博報堂入社。以来、主にマーケティングセレクションに在籍し、数多くの企業の事業/商品開発、統合コミュニケーション開発、グローバルブランディングに従事。現在、博報堂DYグループの“生活者データ・ドリブン”マーケティングの中核推進組織を率いるとともに、広告メディアビジネスの次世代型モデルAaaS(Advertising as a Service)の推進責任者をつとめる。ACC(グランプリ)、Asian Marketing Effectiveness(Best Integrated Marketing Campaign)他受賞多数。ACCマーケティングエフェクティブネス/カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバル等の審査員を歴任。著書『マーケティング立国ニッポンへ-デジタル時代、再生のカギはCMO機能』(共著)等。
イグナイト
代表取締役社長
Executive Producer
笠松良彦氏
1992年博報堂入社。営業職として、媒体・制作・PR・イベント等、コミュニケーション戦略全体を統括。2001年電通入社。メディアマーケティング局チーフ・ストラジテストとして生活者データや実際のキャンペーン事例に基づくプランニング手法を中心に、クリエーティブやプロモーションとのシナジーを考慮した統合プランニングなど、データドリブンなメディアプランニングの手法やデータベース構築に尽力。2005年10月~、電通とリクルートのジョイントベンチャーであるMedia Shakers代表取締役社長に就任。R25を中心とした新しいクロスメディアのビジネスプラットフォーム事業を推進。電通コミュニケーションデザイン・センターを経て、2010年7月にignite(イグナイト)設立。クライアント社内の「事業開発」「課題解決」のためのプロジェクトマネジメント実績多数。
アクセンチュア
インタラクティブ本部 プリンシパル・ディレクター
沢目宗明氏
外資系広告会社のメディア部門で、25年以上に渡り、メディアプランニング、リサーチ、広告の費用対効果コンサルティングを経験。 2016年よりアクセンチュアに参画し、インタラクティブ本部でメディア・マネジメント及びマーケティングROI分析をリード。グローバルクライアントはもちろん、日本の大手クライアントの日本国内における広告プロモーションのメディアプランニングから効果測定・改善アドバイスを数多く経験。30年に渡ってマス・デジタルのメディアプランニングから効果測定まで一貫したサービスを提供。
アマゾンジャパン
アマゾン アドバタイジング ジャパン カントリーマネージャー
塚本信二氏
三井物産入社後、米クリティカルパス バイスプレジデント、マイクロソフト アドバタイジング シニアディレクター、ライムライト・ネットワークス・ジャパン株式会社代表取締役社長を歴任。その後2012年より、アマゾンジャパンの広告事業の統括事業本部長兼ディレクターとして広告事業の本格的な立ち上げに参画。2019年よりアマゾンアドバタイジング ジャパン カントリーマネージャーに就任し現在に至る。
講談社
ライツ・メディアビジネス局 局次長 兼 IT戦略企画室 室次長
長崎亘宏氏
広告会社でのメディアプランニング職を経て、2006年 講談社に入社。広告営業と企画開発を担当。2010年より、雑誌広告効果測定調査「M-VALUE」設立・運営に従事。2014年より、JIAAネイティブ広告部会座長として、ガイドラインや広告効果指標を整備。2017年より、日本ABC協会雑誌ブランド指標ワーキンググループのリーダーとしてメディアデータの再編に従事。
■広告ビジネスにイノベーションを起こすのは誰?(4つの質問)
Q1:日本の広告メディアビジネスの最大の課題は何だと思いますか?
Q2:現在、あなたが所属している業種において、広告・メディアビジネスの)デジタルトランスフォーメーションは進んでいると思いますか?進捗を点数で表現したら何点でしょう?
Q3:広告・メディアビジネスの目指すゴールと、DXの果たす役割は何ですか?(本記事です)
Q4:10年後も生き残る「アドパーソン」にはどのような(広告・メディアビジネスの)スキルが求められると思いますか?
※随時、各質問に対する皆さんの回答を掲載していきます。