サントリーの飲料ブランドをタイの現地でゼロからつくる!
—タイでの仕事の内容を教えていただけますか?
タイでは、ペプシコとのジョイントベンチャーとして事業を展開しています。その合弁会社でサントリーブランドのマーケティング部長として、飲料ブランドを現地で立ち上げることに携わっています。
サントリーペプシコという企業名なのですが、赴任時は「ペプシコーラ」、「セブンアップ」といったペプシコ側のブランドが売上の大半を占め、サントリーブランドの売上はほぼゼロという状況からのスタートでした。なんとかサントリー発のブランドをタイのマーケットに定着させるべく、「TEA+(ティープラス)」というお茶のブランドのローンチをリードしてきました。
「TEA+」はウーロン茶のブランドで、ベトナムで2013年に発売したところ成功しており、このブランドを、タイで生産販売して成功させることがミッションでした。当初は日本からリモートで、そして今年になってようやくバンコクに入国できるという状況でしたが、今年の2月に無事にローンチしました。
—タイでは、ウーロン茶は一般的な飲料なのですか?
タイのお茶のマーケットは緑茶が中心で、マーケットの8割を緑茶が占めます。ウーロン茶は日系企業やタイローカルの企業も発売していますが、お茶マーケットにおいて0.5%程度という存在感でした。
さらにアジアに行かれたことのある方は経験があると思いますが、タイでは日本人の慣れ親しんだ緑茶ではなく、お砂糖が入っている甘い緑茶が一般的。圧倒的に甘い緑茶が強い市場に向けて、いかにウーロン茶を浸透させるか、が「TEA+」のローンチに際して私に課せられたミッションでした。
タイのお客様に話を聞いてみると、意外にウーロン茶のことは聞いたことがあるし、知っていました。さらになんとなく体に良さそうなイメージも持たれていました。ただし、飲んだ経験はあまりなく、「おじいちゃん、おばあちゃんが昔飲んでいた」というような声が返ってくる状況でした。やや古くさい、よく言えば伝統的なイメージのある存在だということが分かりました。このような状況下で、いかに現代のタイの人にウーロン茶をアピールできるか?それをこの1年考えてきました。
タイのお茶の市場をお茶の種類ではなく別の切り口で分けると、大きく3つに分けることができます。メイン市場の、とても甘いお茶。そして無糖のお茶。さらにその真ん中にあたる、お砂糖が入っているけれど甘すぎない、ほどよい甘さのお茶の3つです。この3つの切り口で市場を見たときに、お茶カテゴリー全体はダウントレンドだったのですが、無糖と甘さ控えめの2つの市場は伸びていました。また、お茶に限らず全体的にヘルシートレンドが来ているデータも見受けられました。
そこで商品は、無糖と甘さ控えめのアップトレンドの市場に向けて開発することに。ノンシュガーと甘さ控えめタイプの2SKUの開発を進めつつも、さらにお客様の調査を進めていたところ、緑茶に慣れている人にこの2SKUのウーロン茶を飲んでもらうと、「飲み物としておいしい」という反応がありました。ウーロン茶ならではのおいしさ、香り。たしかに古臭いイメージはあったけれど、「お茶としておいしいね」と。
この反応が見られるまでは、商品だけでなく全体的なアプローチが、健康的な機能感を推す方向で進んでいました。日本の「黒烏龍茶」のポジショニングに近いイメージで、脂肪の吸収を抑えるトクホ飲料的なアプローチです。ウーロン茶はそもそも健康的なイメージがあり、「TEA+」は日本の黒烏龍茶の開発知見も生かしたブランドでもあるので、ウーロン茶で脂肪の吸収がうんぬんという方向は差別化しやすいと考えたからです。
しかも日本と比べてタイの消費者にはファンクショナルなものが好まれる傾向もありました。例えばビタミンC飲料やコラーゲン飲料、ファイバーやビタミンを付加した水が伸びていました。機能的なことをダイレクトに伝えた方が良い反応が得られそうで、効果効能を期待している印象です。
しかし調査を通じて、ヘルシーな要素はあまりお客様に刺さっていない気がしていました。調査でお客様はたしかに「体に気を遣っている」「お砂糖を減らすようにしています」と言うのですが、でもそもそもお茶としておいしくないと続かないわけです。調査で飲んでみてもらったら、飲み物として評価してもらっているし、味を評価してもらっている手応えがありました。
むしろ、シンプルに飲み物としてのおいしさを伝えていく方が良いのではないか?まだタイの人にとって、なじみはないけれど、ストレートに飲んでもらうことに取り組んでいけば意外にいけるのではないか?と考え、それまでのヘルシー軸から、飲み物としておいしいという方向に舵を切ることに。
ヘルシー的な打ち出しは弱めて、そもそも飲み物としておいしくてリフレッシュできます、それがウーロン茶で、あたらしい選択肢にしませんか。という方向に持っていきました。ヘルシーな要素をたくさん言っても、「それならもう飲み物じゃなくていいんじゃないか?」という境目を見誤らない様にしたいと思ったのです。この判断には、過去に日本で「BOSS」のトクホをローンチして失敗した苦い経験も影響したと思います。お客さんが飲料に期待しているのは、まずおいしくて飲み続けられるものであること、効果効能はそのあと。当たり前のようですが、当事者として商品開発をしていると見落としがちなことだと思います。
最終的なコンセプトは、「身も心も軽くなる新しいウーロン茶」にしました。ウーロン茶は古臭い、聞いたことがあるけどよくわからないという存在だったので、発売時にはウーロン茶であることを伝える不安もありましたが、。発売後のマーケットの反応は良く、むしろウーロン茶であることがポジティブに受け入れられているため、ウーロン茶であることのメッセージを今後強めていこうと考えています。
—ローンチがコロナ禍の真っ只中でしたが、スムーズに進みましたか?
タイでコロナの感染拡大が始まったのは2020年の3月。ここが第一波です。街がロックダウン。その影響で当時は消費者調査もどう進めたらいいかわからず、調査会社と相談している間に、1カ月ほどスケジュールが後ろ倒しになってしまいました。営業の方も大変でしたが、お得意先にどう貢献できるかを考えて動いていました。例えば食堂に、透明の板に少しブランディング要素を加えたものを配って、食堂で食事をする人と人の間の仕切りに使ってもらえるようになどを取り組んでいました。
第一波は比較的すぐに収まり、その後は去年の12月くらいまで感染者数は落ち着いていました。そのため多少発売スケジュールに変更は生じたものの、発売直前まではスムーズに進めることができました。さらに今年の3月にローンチイベントもすることができました。当初はオンラインでの実施を予定していましたが、メディアを呼んでフィジカルに実施できました。ただローンチ後の4月中旬くらいから今が一番ひどい状況かもしれません。
玉井博久
広告会社側(リクルート、TUGBOAT)のクリエイティブと、広告主側(グリコ)のブランド構築の両方の経験を生かして、デジタルを活用した顧客体験(CX)を手掛けカンヌライオンズなど受賞多数。著書に『宣伝担当者バイブル』(宣伝会議)、『「売り方」のオンラインシフト』(翔泳社)。2015年より5年連続シリコンバレーに、2018年より3年連続CESに、深圳、イスラエル、また米中のテックジャイアント本社に足を運び最新のデジタルテクノロジーを視察。得られた知見をマーケティング、Eコマース、コンテンツプロデュースに活用。シンガポールにてASEANのECビジネスを2年で10倍以上拡大させる。2012年より日本のポッキーの、2016年より全世界のポッキーの広告を統括。ポッキーは2020年に世界売上No.1*として、ギネス世界記録™認定。