【参加者】
アスクル 取締役 木村美代子氏
亀田製菓 商品本部 マーケティング戦略部長 佐野扶美枝氏
ロート製薬 マーケティング&コミュニケーション部 部長 角田康之氏
PayPay マーケティング本部 本部長 藤井博文氏
多彩なマーケターの集合知が新たなムーブメントを起こす
2021年6月「CMO X」となって2回目、通算で28回目の研究会がオンラインで開催に。今回はアスクル、亀田製菓、ロート製薬、PayPayの4社からマーケティング担当者が参加した。
「CMO X」Founderの加藤希尊氏は、研究会の冒頭で「異なる業種に属していても、経営に関わるようなマーケティング課題には共通点が見えてくる。こうした共通課題のディスカッションを通じて、社会に影響を与えるような新しいムーブメントを起こしていきたい」と、研究会で生み出される“集合知”の可能性について言及した。
思わず人に話したくなる物語が広告以上の広がりを生み出す
「CMO X」の研究会では異なる業界に身を置くマーケター同士が、深い議論を交わせるよう、各社それぞれが属する市場の特性を説明し、さらに自社の抱える課題について発表するところから始めている。
先陣を切ったのはアスクルで取締役を務める木村美代子氏。文具を扱うプラスの新事業として1993年にスタートしたアスクルは、当初は法人向けサービスだったが、2009年からはBtoC事業を開始。アスクル立ち上げメンバーの一人でもある木村氏は、主にブランディングの観点からBtoC事業で指揮をふるってきた。本事業は現在「LOHACO」として広く消費者に愛されるブランドに成長している。
木村氏からLOHACOのカスタマージャーニーの特徴として紹介されたのは、「ラクに楽しく」をキーワードに30~50代の働く女性をメインターゲットとして彼女たちの生活サイクルに組み込まれるよう、あらゆる体験がデザインされているということ。忙しい生活を送っているユーザーが気づいたときに商品をカゴの中に入れておき、「5のつく日」などお得なキャンペーンが開催されるタイミングに合わせて購入に進む、というサイクルが確立されている。
またLOHACOでは同ブランドが独自に提供できる価値として、「ECサイトだからできる、顧客起点の独自のコンシューマブランド」の商品を売りにしている。商品開発でも“メーカーと共創する社会最適プラットフォーム”を目指す「LOHACO ECマーケティングラボ」で、「お客さまの課題解決」や「サスティナブル」な視点、さらには「暮らしになじむデザイン」という3つのポイントを商品開発のテーマに据えて開発に取り組んできた。
そんなLOHACOが抱える課題は、「生活用品ECサイト」は競合他社が多く差別化が難しいこと。価格競争に陥りやすく、単価の高くないアイテムが大半を占める中でどう採算をとれるかが課題となる。「LOHACO ECマーケティングラボでのメーカーとの共創や、飲料水や米、パンなどを扱う自らのプライベートブランドに注力することで、他にない美味しさや機能性など独自価値ある商品をつくっている」と木村氏は語った。
アスクル
取締役
木村美代子氏
次に発表したのはロート製薬マーケティング&コミュニケーション部部長の角田康之氏。目薬・胃腸薬からスタートし、2000年以降は美容や再生医療など「美と健康」を広く捉えた商品展開を進める同社では、「N1像の徹底的な具体化」が特徴となっている。具体的なターゲットイメージを開発チームで共有し、「このターゲットであればどういう行動を経てどんな感情の変化が起こるか」「どこで商品の広告に出会えば商品の魅力が増幅されるか」といった分析を実施。「認知」「興味関心」「情報収集」などフェーズに合わせて、どのタッチポイントであれば効果を最大値まで高めることができるか、広告出稿の方法を分析する。
そんな同社の課題として挙がってきたのは、ターゲット顧客が異なる多数の商品数を抱えるがゆえのコミュニケーションの最適化だ。お客さまに必要な商品を、という思いで商品が増えていったが、商品数が増えたことで全ての商品に十分な広告投資ができず、認知獲得に課題を抱える商品もあるという。
こうした課題の解決のため、角田氏が取り組むのが「Share of Communication」だ。「お客さまが思わず、商品について他の人に語りたくなるようなコミュニケーション設計にこだわっていきたい」と、広告投資以上の効果を生み出す顧客を巻き込んだ戦略が説明された。
ロート製薬
マーケティング&コミュニケーション部
部長
角田康之氏
分析結果よりも、想いを貫き生まれた大ヒット商品
亀田製菓の商品本部マーケティング戦略部長である佐野扶美枝氏は、米菓メーカー特有だというカスタマージャーニーの特徴について説明した。米菓は消費者が店頭で選ぶとき、「知っている商品」「安い商品」を選ぶ傾向が強いといい、ファネル分析でも、米菓メーカー大手4社のコンバージョン率に大きな差はなく、異なるのは間口となる「認知」の大小だけだという。
そのためお客様との限られたタッチポイント(情報、店頭、商品)で、消費者を巻き込んだキャンペーンに注力している。これまでに、柿の種とピーナッツの比率を焦点とした「当たり前を疑え!国民投票」や、「柿の種がおやつかおつまみか」を議論する「亀田の柿の種 何なの?問題」などを展開してきた。
また、それらのキャンペーンがSNSで話題となったことも相まって、居酒屋やバーなどで柿の種が提供された際に、柿の種の比率についての豆知識などを語る場面を創出することで「会話の種」になることができているという。角田氏の「Share Of Communication」の考え方とも共通する戦略だ。
さらに課題として佐野氏があげたのは、「若年層の米菓離れ」だった。佐野氏自身がこれまでの経歴で「若い頃に買っていなかった商品は年を取っても買うことはない」ことを体感していることから、若年層へのアプローチをとくに重要視している。そうした考えから生まれたのが2021年2月に登場した新商品「無限エビ」だ。
本格品質のえびせんべい方向も同時に開発していたという同商品は何度、市場調査を実施しても本格派のえびせんべいの評価が上回っていたという。しかし佐野氏や担当マネージャーの「本格派商品では既存の顧客にしか届かない。今までにないことをしよう」という強い想いと、経営者がその想いに賛同したことで大ヒット商品が世に出ることとなったとエピソードを交えて課題への対策を語った。
亀田製菓
商品本部
マーケティング戦略部長
佐野扶美枝氏
このエピソードについて、PayPayマーケティング本部本部長・藤井博文氏は「当社はデータ・調査結果をかなり重視して意思決定する企業だからこそ、こうした拾いきれていないニーズも存在する。それをうまく見つけ出すことが今までにない勝ちパターンへのルートだと思った」と意見を述べた。
データを重視するという藤井氏が担当するのは登録ユーザー数が4,000万人を突破するなど破竹の勢いで拡大しているQRコード決済「PayPay」だ。PayPayは「名称認知」「内容認知」ともに高い認知率を示していることもあり、カスタマージャーニーでは店頭やテレビCMでユーザーの興味を引いて「アプリのインストール」に至るまでがスタートとなる。インストール後には、店舗での利用やキャンペーンによって「初回決済」を促すが、「4,000万ダウンロードしていただいていても、初回決済までたどり着かず離脱している。その離脱を防ぐことも次のテーマ」と藤井氏は明かし、「新規開拓」と「離脱防止」の双方を並行して進めていると語った。また決済に至ったユーザーには、アプリなどを通じてアプローチを行い利用回数や決済金額の増加を図っている。
そして体験価値の面では、「ミニアプリ戦略」でPayPayの「スーパーアプリ化」を促進している。スーパーアプリとはあらゆるサービスを自社のプラットフォームから提供するアプリのことで、既に世界で複数の成功事例が存在する。そのためPayPayでも前例を分析しながら、日本のサービスでいち早くスーパーアプリの第一人者の地位を掴むことに注力する。
課題として藤井氏は、「未ダウンロードの消費者をどう取り込むか」を第一に挙げた。日本国内のスマートフォンユーザーは8,000万人いるとされ、残り4,000万人の非PayPayユーザーに対する「セキュリティ不安の払拭」や「現金主義ユーザーの取り込み」がポイントとなると述べた。また、事業者が多数存在するQRコード決済をはじめとしたキャッシュレス決済において、分散してしまったユーザーへの対応や、金融事業において「決済事業の認知が広く浸透したこと」が金融事業の認知向上へのデメリットになる可能性も課題であると語った。
PayPay
マーケティング本部
本部長
藤井博文氏
様々なかたちで顧客を巻き込むマーケティングの重要性
4社4様の課題を伝えあったうえで浮かび上がってきたのは、「顧客を巻き込むマーケティング企画の設計」だ。ロート製薬の角田氏がキーワードとして語ったShare Of Communicationや、佐野氏が紹介した総選挙キャンペーンなどの直接的に顧客を巻き込む施策は、SNSで話題となれば企業が投じた費用以上の広告効果を得られることも少なくない。またアスクルの木村氏も、「グループインタビューで『実家を離れた子どもに5のつく日にアスクルで買い物をするとお得なことを伝えた』とLOHACOの使い方を伝授しているお客さまの話を聞いて、『お客さまからお客さまに伝えること』も大切だと感じた」とコメントしている。
顧客を巻き込むためには、顧客の属性・情報を正確に把握することも不可欠だ。顧客情報の詳細な分析に長けたPayPayの藤井氏も「ユーザーの可視化」の効果に言及。亀田製菓やロート製薬のような従来ユーザーが可視化しづらかったメーカーでも、現在ではアスクルやPayPayといった小売業者・決済事業者とパートナーとなりユーザー情報を得て活用できると考えを述べた。自分たちの顧客は誰なのか?またその顧客は日ごろ、自社の商品をどのように購入し、活用しているのか?データを介して見えてくることもある。それがあるからこそ、顧客という資源をマーケティング活動に生かすアイデアが生まれてくる。
「CMO X」Founderの加藤希尊氏は「『亀田の柿の種』のケースのように、顧客の心の中に思わず、人に話したくなるブランドの物語が眠っているケースは多い。そうした資産を活用することで、新しい顧客を開拓することも可能になるのではないか」とコメント。さらに「マーケティングの話題だけでなく『経営×マーケティング』の観点でも情報共有などができる場を積極的に設けていきたい」と今後の展望を語った。