【前回】「SNSの「話題」から読み解く最新トレンド Vol.3 「品薄」は本当に話題づくりに有効なのか? ~「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」の販売休止と再発売から考える~」はこちら
桜美林大学准教授/マーケティング・コンサルタント
西山 守
満を持して、7月9日(金)に映画『100ワニ』こと、『100日間生きたワニ』が公開されました。私にとって、本作は「話題化」という視点からも興味を抱き続けてきた作品でもあり、公開前後の動向には注目していました。
というのも、この作品がどのくらい話題になるのか、炎上するのか、あるいは賞賛されるのか、全く予想がつかなかったからです。
いざふたを開けてみると、公開前から、映画レビューサイトで低評価がつく「荒らし行為」が横行し、新宿バルト9で座席をいくつも予約して直前にキャンセルしたりする架空予約によるいたずら行為が行われました。興行収入面でも苦戦しているようで、作品の中身よりも、トラブルや観客の少なさが話題になってしまうという皮肉な状況になっています。
どうしてこのようなことになったのでしょうか?
少し長くなりますが、ことの発端に立ち戻って考えてみたいと思います。
本作の原作は、2019年末~2020年初頭にかけて、Twitter上で大きく話題になった4コママンガ『100日後に死ぬワニ』です。作者のきくちゆうき氏は、当初は無名のイラストレーターでしたが、Twitterで本作品を毎日投稿される中、徐々に話題に火が付きました。そして、最終回(100日目)には、1投稿で30万を超える「いいね」を獲得(2021年7月21日現在では約201万人)、同氏のTwitterアカウントのフォロワー数は200万人を超えました(2021年7月21日現在では約112万人)。
ところが、最終回を迎えたまさにその日、書籍化、映画化、イベント開催、グッズ展開が発表されたことをきっかけに、賞賛は途端に「炎上」へと変わりました。
「儲け主義」に走ったというのが、Twitterユーザーの失望と怒りの感情を引き起こし、「炎上」へと至ったのです。
エンターテインメントビジネスの世界では、キャラクターを多角的に展開して収益を追求するのは常套的なやり方であるどころか、いまやビジネスの根幹とも言ってよく、それ自体はなんら批判されることではありません。
ただ、SNSの世界は、これまでのメディアとは異なり、「仲間同士の交流の場」としての色彩が強く、企業色、商業色が強い言動は忌避されやすいのです。
加えて、この『100ワニ』は、Twitterユーザーが応援し、盛り上げていくことで、ヒットに至ったコンテンツです。
当時『100ワニ』に感動し、応援してきた人々にとっては、「自分たちのもの」と思っていたコンテンツが、盛り上がりの最高潮で、突然「お金儲けの手段」に転換したように思え、「裏切られた」と感じられたに違いありません。
実は、「お金儲け」自体が必ずしもSNSで嫌われるかというと、そうではありません。SNS上でお金を儲けているインフルエンサーは、嫉妬されたり、批判されたりすることはあっても、それだけで炎上まで至ることはありません。
SNS上で問題になるのは、企業が入り込んできて、企業側の利害が透けて見えるようになった時です。そして、それによってコンテンツが「自分たちのもの」ではなくなった時です。
『100日後に死ぬワニ』は、まさに話題のピークでそれが起きてしまったのです。では、映画『100日間生きたワニ』の方はどうだったのでしょうか?
下図は、公開前後の『100ワニ』の話題量の推移です。
公開当日(7月9日)のツイート数は7万件弱です。
これを多いとみるか、少ないとみるかは難しいところです。
この上映規模の作品としては、十分に多いと言っても良いのですが、『100日後に死ぬワニ』の最終回の日のツイート量は約107万件(!)もあり、それと比べると、2桁少なく、「何と比較するか?」によって、解釈は大きく変わってしまいます。
この点は一旦置いて、話題の推移と、話題の中身を見てみましょう。
本作の特徴は、公開前から話題が盛り上がっているところですが、拡散しているのは、「ブルボン」公式アカウントからのコラボキャンペーン、新宿バルト9で架空予約によるいたずらが起きているという話題、レビューサイトで酷評されている–といった話題でした。
公開初日に関しては、「ピザーラ」と「じゃがりこ」の公式アカウントからのフォロー&RTキャンペーンが拡散した他、「空席が多い」といった話題が目立ちました。映画を視聴した人の感想の投稿もありましたが、拡散しているのは批判的な意見が大半でした。
私自身は、公開の翌週の7月18日(日)に新宿のTOHOシネマズで鑑賞しましたが、座席は満席でした(休日で、1日1回の上映で、かつコロナ禍で1席ずつ空けての上映だった影響もあると思いますが)。
作品に関しては、上映時間が63分と、劇場映画としては短く、その点では物足りなさもあったのですが、原作のテーマとストーリーをしっかり踏まえながら、新しいストーリーが手堅く展開されていて、決して酷評されるような内容ではありませんでした(本稿は映画のレビュー記事ではありませんし、他にレビューは多数ありますので、作品の内容についてこれ以上は語りません)。
SNSの話題に戻ると、批判的なツイートは複数見られるものの、「炎上している」とまでは言い難い状況にあります。架空予約やレビューサイトの酷評など、ネガティブな話題も、起点はむしろTwitterの外にあり、一部のTwitterユーザーがそれを広げている–といった状況に見えます。
一方で、作品のバッシングや架空予約による妨害行為を批判する意見や、作品を擁護する声なども、Twitter上で見られますが、それが大きく拡散したり、熱く議論が交わされたりしている状況でもないようです。
4コママンガの『100日後に死ぬワニ』が、Twitter起点で盛り上がり、Twitter起点で炎上したことと比べると、映画『100日間生きたワニ』では、もはや話題はTwitterから離れてしまっており、当時称賛したユーザーも、炎上させたユーザーの多くは、本作をもはや「自分たちのもの」とは捉えておらず、作品に対する関心もだいぶ薄れてしまっているように見えます。
『100ワニ』は、SNS起点で発信され、盛り上がったコンテンツが、マスコンテンツへと成長した稀有な事例ではあるのですが、逆に、それを実現することの難しさも明らかにした、考えさせられる事例だったと思います
次回は、他の映画作品や4コママンガ『100日後に死ぬワニ』との話題量や話題内容を比較しながら、もう少し踏み込んで本映画の話題のあり方を見ていきましょう。
西山守(にしやま・まもる)
マーケティングコンサルタント/桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
1998年3月、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了(物理学専攻)、同年4月電通総研入社。2016年12月電通を退社、2017年5月西山コミュニケーション研究所代表。2021年4月に桜美林大学 ビジネスマネジメント学群 准教授就任(主に、広告・マーケティングを教える)。
電通総研においては、主に、情報メディア関連、地域開発関連のリサーチ、コンサルティング業務に従事。電通では、主にマーケティングメソッド、ツールの開発やソーシャルメディアマーケティング、特にソーシャルリスニングの業務に従事。ソーシャルメディア、戦略PR等を活用した、リスクマネジメント、レピュテーションマネジメントに多数の実績あり。大手企業のソーシャルリスニング、およびマーケティング支援業務、官公庁や大手メディア等のリスクモニタリング、リスクコンサルティング実績もあり。
独立後は、電通グループを中心に、ソーシャルリスニングやSNSマーケティングをはじめとするコンサルティング業務や人材育成を行う。
これまでの著書(共著含む)に、『情報メディア白書』(ダイヤモンド社)の企画・編集・執筆、『クロスイッチ -電通式クロスメディアコミュニケーションのつくりかた-』(ダイヤモンド社)の企画・執筆、『リッスンファースト!』(翔泳社)の翻訳出版を監修、『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(フィギュール彩)の執筆(共著)。